太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

魔法少女まどか☆マギカとメタ怪談について

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メタ怪談

世界が“いか”にあるかは、より高い次元からすれば、完全にどうでもよいことでしかない。神は世界の“うち”には姿を現しはしない。(論理哲学論考6.432)


死は生の出来事ではない。死をひとが体験することはない。ひとが永遠ということを無限の期間ではなく、無時間性と解するならば、現在において生きている者は永遠に生きている。我々の視野が限り無いのと同様、我々の生は果てし無い。(論理哲学論考6.4311)

 怪談のなかには、恐怖心を高めるために、聞き手に対しての影響を明示するタイプが珍しくない。典型的な内容としては、「この話を聴いた7日後にあなたの夢にも彼女が来て殺しにくる」といったもの。「この話を聴いた7日後にあなたの夢にも彼女が来て殺しにくる」のであれば、その話を体験した人間は死んでなくてならず、少なくとも「彼女がきた」という事象について検証することができない。そして、それを話している人間も死にそうにない。

 他愛のない話であるが紫の鏡の、「その言葉を20歳までに忘れる必要がある」というルールはターゲットが多感な年齢であることと、その恐怖の持続性、忘れようとすると思い出すという特性の組み合わせがうまくできていると言えよう。このルールにおいて、20歳までという恐怖感の時間限定が行われている。今の自分が不幸でないからこそ、20歳になったときに不幸になるといった「不安」に恐怖を感じるのであり、これは7日後であっても同じである。つまり、現在から未来に向かうにあたっての下げトレンドと時限性の敗北に対して絶望を感じるから恐怖であり、怪談なのである。現在において生きている者は永遠に生きているように7日間を微分して恐怖であり生きている時間を長期化しようとする。しかし、ワルプルギスの夜がまた来るように7日間は有限なのである。

すでに不幸であったのだ

 恐怖を真に永続化するためには、「すでに不幸であったのだ」と認識させる手法が考えられる。つまり既に特異点は過ぎていたと過去を改竄するのである。このタイプは既に食べていたポピュラーな食物の都市伝説や幼年期の残酷の顛末を後から聞かされるかたちとなる。そして、もっとも多いものがサブカルチャー隆盛にともなってでてきた「裏設定」である。

 特にゲームにおいて、面白さを優先に設計されたであろうシステムやお約束を成立させるために、荒唐無稽であっても理由付けを求めてしまう心が、(都市伝説を含めて)妙なリアリティと味わいを付加するために用意された。例えばポケモンの大人向け設定であったり、シスタープリンセスで妹達と主人公は全員血がつながってて、スクイズの主人公とも腹違いの兄弟というのがあって、現実的な顛末は些細なことなのであるが、それを知ってしまったが故にゲームプレイにおいての味わいに変化を加えてしまう。このように認識を変更することによって今感じている。または感じていた世界に対する幸福度を下げる怪談を認識改変型怪談と呼ぶこととしよう。

 魔法少女まどか☆マギカにおいて、すべての魔法少女は魔女になるというシステムが明示された。本来は裏設定として後から聞くような話である(戦闘美少女ものの「裏設定」としては珍しくない)が、これによりイヌカレー空間のような認識改変型怪談フィールドに囚われた人間の過去は改竄される。つまり、私の観ていたカードキャプターさくらや、ミンキーモモは悲劇になってしまったのである。実は紫の鏡にはその言葉を覚えたまま二十歳を超えても幸福であればよいといった勝利条件が存在する。しかし魔法少女の契約によって叶えられた後の苦痛を伴う闘いや魔女として厄災を呼ぶ事に勝利条件は存在しない。契約の時点で「既に敗北」していたからである。そして幸福だったはずの「私の視聴体験」も既に不幸なものに変わっていたのであれば、そこにも勝利条件は発生しない。

 「私は既に不幸であったのだ」。この絶望状態のなか、まどかによって現在、過去、未来、全ての世界の魔法少女のソウルジェムを浄化し、魔女になる前に消しさることが選択される。現在、過去、未来、全ての世界の魔法少女である。歴史上の人物なんかよりも、よほど重要な、私が視聴したカードキャプターさくらや、ミンキーモモもその救済の対象になるのである。つまり、まどかによって救われた彼女らと、彼女らを視聴した私の思い出は「今」の自分が感じているものへと認識改竄が起こった後の話だったのである。

 「ありえる破滅的世界」を描きつつ、平常運行に戻すというのはレギュラーアニメの映画版の番外編で重要キャラ殺しても生き返るという典型的手法にある。彼女は現実を何も変えていないのにも関わらず既に変わった後の世界を我々は生きているという残滓のみを感じさせる。物語は逆位相を発することによって結果的に我々の世界を保存したのであり、平常運行への解放を行った。例えれば圧縮と解凍が行われたのであるからキモヲタの絶望がまどかに救われるわけもない。彼女は全ての魔法少女への認識を救済した。そしてそれは「既に変わった後の事」なのであるから、時限性の終了条件(敗北条件)も提示されず、永遠を約束する。それは彼女たちにとっても、それを視聴する我々にとっても自由であり、希望なのである。