太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

エンタープライズとしての<私> とステークホルダとしての<私>〜ビジネスアナリシスの私的流用

A Guide to the Business Analysis Body of Knowledge(r) (Babok(r) Guide)

この文章について

 システム開発の提案を行うためのメタ理論に興味があってBABOKを学習していたのですが、そこに出てくる概念が自身の生活システムの改修に役立つのではないかと思いました。本ブログは効率厨としての<私>によるITコンサルとしての知見を、怠惰な<私>が情緒的に試行錯誤していくというスタンスで運営しているのですが、それこそが「エンタープライズとしての<私>」と「ステークホルダとしての<私>」の二項対立として読み解けるのではないか。

 この考えは「目標達成論」への解体作業における基礎的な概念となっているため、はてなダイアリー時代の文章を改めてリライトする事にしました。シロクマ先生にも「なんかえらく難しかったです」というご意見を頂いていました。

BABOKとは

ビジネスアナリシス知識体系ガイド (BABOK:A Guide to the Business Analysis Body of Knowledge) は、カナダのトロントに本拠を置くNPO法人International Institute of Business Analysis (IIBA) が発行しているビジネスアナリシス(BA) のベストプラクティスを体系化した書籍の略称。「ビーエーボック」あるいは「バボック」と読む。


BABOK - Wikipedia

 BABOKは7つの知識領域、領域ごとのタスク、タスクを実行する際の技法によって成り立っています。従前までのプロジェクトマネジメントやシステム開発の知識体系は、QCDと言われる「品質・コスト・納期」の指標をどのように満たすかという「HOW」の観点が中心でした。

 しかし現実のシステムにおいては、「品質が良くても使われない」「使われたところでマネタイズできない」「むしろ作業効率が下がった」といった問題が起こりがちでした。これを回避するために「WHY」「WHAT」に焦点をあてた知識体系となっています。

 これは『価値工学理論から見るコストパフォーマンス厨の原理について - 太陽がまぶしかったから』で議論した価値工学においても重要となってきています。「使用者優先の原則」によって定義された「機能」があって、それを行うために最適な「方法」を選択する事で価値を高めるという事です。しかし、一方では「使用者」の言う事を全て聞いたところでマネタイズできないといった問題がありました。

 「システムが行うべき事は何か?」という事については、様々な立場の欲望が入り交じったうえで、最終的には自身の売上高や知名度等のなんらかの指標を引き上げる効用を期待して定義されます。この欲望を表現するものが「要求」です。

要求の種類

 以上のような観点を前提にBABOKでは「要求」の切り分けを重視しており、「要求」について以下の4つに分類しています。

  • ビジネス要求
  • ステークホルダ要求
  • ソリューション要求
  • 移行要求

 一つ目のビジネス要求は、組織全体としてのビジネス目標、ビジネスニーズなどを示したものである。例えば、「来年度の第1四半期末までに、販売管理業務のコストを2割削減したい」といった具合だ。これはエンタープライズアナリシスの活動で定義する。


 このビジネス要求を踏まえて、利用部門などのステークホルダーが個別に出してくる要求が、ステークホルダー要求である。「販売管理担当者の人員削減は、1割にとどめたい」「取り扱い品目の変更に伴う作業の手間を減らしたい」といったものだ。これを定義する活動は要求アナリシスである。


 ビジネス要求とステークホルダー要求を具現化するのに必要となる、組織・業務・システムが実現すべきものが、ソリューション要求だ。これはさらに「機能要求」と「非機能要求」に分けられる。機能、非機能の分け方は、ITエンジニアの方にとって馴染みがあるだろう。機能要求は、「すべての社内システムの品目マスターを、一括変更できるようにしたい」のように機能そのものに言及したもの。一方の非機能要求は「毎週月曜日の朝9時に、前日まで1週間分の売り上げや在庫のデータを分析できるようにしたい」という具合で、キャパシティ、性能、セキュリティ、可用性、ユーザーインタフェースなどの機能以外に関する要求である。これらも要求アナリシスで定義する。


 ソリューション要求の裏に隠れているのが、「移行要求」である。これは、現状からあるべき姿への移行を円滑に進めるために、ソリューションが満たすべき条件を意味する。例を挙げると、「今年度の第3四半期中に組織の体制を見直し、第4四半期に新しい業務とシステムを試行する」といった具合で、スケジュールに関することが多い。この移行要求は、ソリューションのアセスメントと妥当性確認で定義する。


ビジネス要求について

 ビジネス要求とはエンタープライズとしてシステムに要求することであり、例えば企業活動としての売上高増加・コスト削減・株価上昇・顧客/従業員満足度増加・社会貢献などといったものであり、これは企業のサスティナビリティ(持続可能性)を高めるためのものであると考えられます。つまり法人格は長期的に存続して利益を生み出し続けたいという経営者の意思の合算を持つことが一般的です。IPOやバイアウトまでもてばOKという経営戦略もありえますが。

 これは<私>個人に焦点を移してみても基本的には同様です。大抵の「正しい活動」は自身のデッドエンドフラグを回避してサスティナビリティを高めるために心身の健康・自由な時間・普通に暮らしていける金といったパラメータの上昇や、それを生み出すための仕組みを根底では目指して行われるものです。仕事も人間関係もそうでしょう。

 このような欲望は、企業活動においては株式や融資の前提があるため、自動的に決まってくるところがあるのですが、個人ではなんとなく意識している程度のものであり、基本的には曖昧模糊としています。このためブレークダウンを行なって具体化していく作業が必要となります。『7つの習慣-成功には原則があった!』や『一冊の手帳で夢は必ずかなう - なりたい自分になるシンプルな方法』などは自身の欲望をブレークダウンするためのフレームワークを提供するものであると位置づけられます。

ビジネス要求の定式化

 なぜビジネス要求を明瞭に定義する必要があるのでしょうか。そもそも仕組みの改修は「変化を加える必要がある」と判断するからこそ行います。

 ビジネス要求を満たすためにはケイパビリティ(組織的能力)が要求を上回る必要があるが、現状のケイパビリティではビジネス要求を満たせない阻害要因が課題としてあるためにこれが適わないという状態は以下のように表現されます。

  • ビジネス要求 < 備えるべきケイパビリティ
  • ビジネス要求 > 現状のケイパビリティ

 ここで生まれるビジネス要求への不足分こそが解決すべき「課題」であり、これを解決=相殺するための「ソリューション要求」の定義が必要となります。

  • 現状のケイパビリティ = 備えるべきケイパビリティ - 課題
  • 備えるべきケイパビリティ = 現状のケイパビリティ + 課題
  • 課題 ー ソリューション < 0
  • 課題 < ソリューション

 以上の式群から、「現状のケイパビリティにソリューションを加えることでビジネス要求を上回る必要」があり、また「ソリューションとはビジネス要求から現状のケイパビリティの差分を上回る必要」があるといったことが導出されます。

  • ビジネス要求 < 現状のケイパビリティ + 課題(≒ソリューション)
  • ビジネス要求 - 現状のケイパビリティ < 課題(≒ソリューション)

幻想の要求から導かれる幻想のソリューション

 この前提においてビジネス要求を明瞭にできなければ、その要求のボラティリティ(変動の激しさ)を高く見積もる必要があり、それを満たせるであろうケイパビリティを備えるためにソリューション要求を再現なく大きくする必要がでてきます。またある大きなソリューションを行うためにも相応のケイパビリティが必要となります。

 すると、そのソリューションを実現するためのケイパビリティが不足していたことが明らかとなるために、「ソリューション実現のためのソリューション」を螺旋で回していく状態に陥ります。例えば絶対に2倍になる株があったとしても500万を稼ぐためには250万円を既に調達できていないといけないために、250万円を稼ぐためのソリューションは別途探す必要があります。

 ビジネス要求を不明瞭なままにしておく事や実現不可能性は結果として螺旋を最後まで登りきれないことをアイロニカルに認識している状態となり、「頑張ったが未達」を是とするベストエフォートによる漸近的成熟の幻想に囚われるか、それでも律儀に達成しようとすればレバレッジによって自身のボラティリティを極大化して一発逆転を狙うやりかたとなります。

 例えば無一文者が1年後に500万円を用意しないと死ぬという話であれば手はずの整えようもあると思いますが、同じ期待値500万円の確率分布としても0~5000万円の何れかを用意する必要があり、実際に必要な額は直前に提示されるとなれば事前に有り金全部を渡して許しを請う・絶望する・逃げる・宝くじを買う・銀行強盗といった方法にならざるをえない人が多いという事です。

 ここでは「死」を引き合いに出していますが、もっと矮小なペナルティしかないとすれば「努力」は最低限として提示金額側の変動に期待する事になります。このためにビジネス要求の明確化と実現性検討を行うという活動が重要となってきます。

 努力をし続ける事による上昇トレンド幻想による心身への健康効果について否定はしません。しかし収穫逓減によってペースが遅すぎることに気づくか、そもそも方法が直交していた事に気づくまでの絶望を先延ばししているだけになっている可能性があります。ひとの一生なんてものは全部で1000ヶ月もない事は認識してペースを考える事です。

婚活における高望みとアイロニカルな没入

 例えば婚活界においては以下のような「勘違いによる高望み」が出てきて、それを揶揄するといった事態が定期的に観測されます。マスコミを中心に「人並みの定義」「高望みの声」といった幻想を作り出したにすぎないという側面もあるのかもしれませんが、その共同幻想に囚われた結婚適齢期の男女が一定数以上は存在しているのは事実だろうと思います。

「40歳の婚活で私が出した条件は、そんなに高望みですか?」と題したトピにおいて、40歳・派遣社員を名乗る女性の希望条件が「高望みしすぎ」と話題になっており、今回はJ-CASTなどにも延焼し、特に盛り上がっています。


もっともウォッチャー連にとって大手小町がアツいのはいつもの事。『always 大手町三丁目の小町』状態である。なんせ、過去には


1 30歳以下の男性であること。
2 個人資産が1兆5千億円以上あること。


なんていうとんでもない条件を出した女性すらいるのですから。ちなみに、個人資産1兆5千億円というと、日本一の金持ちである孫正義氏ですら81億ドル(約6,500億円)なんだからその要求水準の高さと要求した女性がよほど凄い人なのだろうなと胸が熱くならざるを得ません。


こうした、「勘違い女」が定期的に登場し、歴戦の小町ラーにフルボッコにされる様はネットの風物詩、「よっ!成田屋!」と声をかけたい気分になります。


ただ、今回は個人資産1兆51千億ほど身の程知らずなではなく、本人によると、


・年齢40~46才位
・年収 最低600万以上、できれば800万位希望(税込み・地方都市)サラリーマン希望 自営不可。
・見た目がオッサンっぽく無いこと。
・親と同居不可。田舎暮らし不可。
・バツイチは理由によっては可。子供がいる人は不可。
・話が面白く盛り上げられる人。
・専業主婦希望(妥協して週に3日ほど短時間のパート)
・服(月15,000円位)や化粧品(月10,000円位)友人との交際費(月10,000円位)を生活費でまかなえる程度の生活希望
・(自分の年齢的にもう子供は望んでいない)


とのこと。


chikumaonline : 非モテのための婚活必勝法13「「勘違い婚活女」はなぜ生まれるか」-republic1963chikumaonline : 非モテのための婚活必勝法13「「勘違い婚活女」はなぜ生まれるか」-republic1963

 「勘違いによる高望み」というを行なう原因として当該エントリでは以下のように推測します。

そうではなくて、彼女らは単に自分の人生において代打逆転満塁ホームランを打ちたいのではないのでしょうか。つまり、結婚によって人生を変えたいという想いゆえに「勘違い」がおこるのではないのでしょうか。その証拠に、今回のトピにしても最後に以下のようなトピ主のコメントがあります。


とにかく、もうフルタイムでは働きたくないし、昔から結婚して専業主婦になるつもりだったので、一生独身で生きていくだけの十分な貯蓄や準備はしていません。養ってくれる人を見つける事を最優先にし、条件を見直してAにお願いしてみます。


http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0511/506381.htm?o=2


つまり、トピ主にとっては結婚問題というよりも先に、自分の人生の問題、とにかくフルタイムで働きたくない、専業主婦になりたい、という希望が先に来ているように思われます。


これは私の推測ですが、簡単にいえば、トピ主は結婚したいわけではなく、働きたくない、もしくは、働いていても先の展望が見えないので、自分にとって負担になるような仕事をしたくないと考えているのではないのでしょうか。それを解決するための手段が結婚だということです。


(中略)


こうした結婚によって全てを解決しようとする思考が危険なのは、結婚を人生における他の要素(仕事など)よりも上位に置いている事です。


chikumaonline : 非モテのための婚活必勝法13「「勘違い婚活女」はなぜ生まれるか」-republic1963chikumaonline : 非モテのための婚活必勝法13「「勘違い婚活女」はなぜ生まれるか」-republic1963

 曖昧糢糊とした「働かないで持続的に生活する」というビジネス要求に対するソリューションとして「結婚」を選択した場合に、そのソリューションによって引き上げなければならないケイパビリティとして「相手の年収」がまず必要となります。

 「相手の年収」を定義するのにあたって「人並み」の生活水準のイメージはあるものの、そのための必要金額計算や妥当性の検討を明瞭に行っているわけではないため、幻想の「人並み」に基づいたベストエフォートを希望します。この「最低600万円」というのはアンケートなどでも珍しくない要求です。特に最近はFacebook等で知人達の「上澄み」ばかり見せられることによって余計に「人並み」のハードルがあがってしまうという問題もあります。

 しかし年収だけが条件に合えば誰でも良いという人は殆どいません。結婚をすれば自分の生活内容が変わってしまうために「移行要求」が大きくなり、そのケイパビリティをも満たすように諸々の条件を付与していく必要がでてきてしまします。

 満たすべき要件が増えれば増えるほど全部満たすのは難しくなってしまいます。その上で相談者が40歳であることを考えると「相談者の事を好きになってくれる」という暗黙の前提条件の時点で相当の足切りが行われるであろうと推測され、他者から見ると超低確率の成功を要求する「高望み」に見えるのだと思います。

「高望み」を選択した場合

 「高望み」のソリューションを選択した場合、現在のケイパビリティではそのソリューションの実施が困難であるために、そのソリューションを実施するためのソリューションを行なうこととなります。曖昧なソリューションのソリューションはまた曖昧になりがちであり、幻想の二階建て、三階建てが行われていきます。そのようなことを直観的には認識しているからこそレバレッジの効いた「代打逆転満塁ホームラン」を求めます。

 そのための努力の相関係数はどの方法をとっても大差ないと理解しているからこそ、「自分磨き」「自己分析」「パワースポット」「合コン」「パーティー」「空から女の子が!」「白馬の王子様」といった「努力」にはまりやすく「頑張ったが未達」という免罪符を手に入れてステークホルダとしての<私>の論理的ストライキを容認する口実となります。

 実際問題として目標への相関係数が十分に低いのであればリソースをどのように投下しようが期待値に大差なく、であれば「自分が楽しい」というパラメータへの効用を高めて投下するのが合理的です。

 そして「代打逆転満塁ホームラン」と代打=アウトソースによる達成であることが表現されているますが、「自身の年収」を高めたり働く量を減らすよりも「相手の年収」というケイパビリティの方が不確定であるが故に幻想のレバッジが効くという合理的な判断を行っています。

 彼女はエンタープライズとして<私>の曖昧模糊とした無茶振りに対して、ビジネス要求の明確化作業をするわけでもなく、ストライキを起こすわけでもなく、誠実に答えようとするがために他者にとっては歪に見えるソリューションを提示しているのです。この迂遠さこそが婚活にまつわる悲喜劇を引き起こしており、就活やキャリアアップなどでも起こっている事であると観測されます。

 私もある側面では例えばハックルさんを師匠に「若くて美人な奥さんと結婚するためにベストセラー作家になる必要がある」「ベストセラー作家になるには~」といった直交性が高いと認識しながらのソリューションを展開してアイロニカルに没入する事を「金色夜叉メソッド」と呼んで重宝してきたが、それでモテたことなんてなかった……。真鍋昌平さんの考え方も一つの答えではあると思いますが、それだけでも駄目なのだろうとは思います。

真鍋 向こうにとって得になるような人間になったら、コミュニケーション能力なんかなくたって向こうから寄ってくる(笑)。それをがんばればいいんじゃないですか? よく飲み屋にいるじゃないですか、やたらコミュニケーション取ってるけど、何やってるかっていったら何もやってないような奴。その場ではみんなのヒーローだけど、普段はつまらないんだろうな……とか(笑)。やっぱりコミュニケーション力だけある人って最終的に信用されないと思うんですよ。若いときは人を集めてイベントのオーガナイザーとかやってみんなにチヤホヤされるけど、結局その人自身に何もなかったら、だんだん集める人もいなくなってくるし、ただの厄介な人になっていくじゃないですか。みんな「コミュニケーション!コミュニケーション!」って言うけど、そんなに意味もなく人と会ってどうすんだよ、って話じゃないですか。絶対、「寂しいから」っていう動機でやってる人のほうが多いと思うんですよ。そういうことやっても何の意味もないんじゃないか、って思いますけどね。


「高望み」という生存戦略

 「高望み」について掘り下げてみましょう。昨年ですが、githubで彼を募集する女性が居ました。githubで募集したという事もありますが、その条件が特殊かつ多い事からも話題になりました。

githubはgitのプロジェクト管理ができるサービスで、パートナー募集サイトではなかった気がしますが、そのgithubで日本人の30代後半SE女性が男性のパートナーを募集してます。

募集の背景も載っていて、「男性にモテないまま歳を取ってしまい、結婚しないで人生終わるかも!?という危機感からパートナー募集に踏み切った」ようです。ん、自分もこのまま終わりそうな気がしてるので他人事じゃないな...。

それにしても、なぜgithubで!? って感じですが、30以上もあるパートナーの条件を見てるとそれも納得できるかもしれません。

 この項目群に対して「高望み」という意見があったのですが、ひとつの有効な生存戦略であると感じました。彼女は自身のライフスタイルを直近で変える必要性を感じていないし、仮に彼氏ができたとしても変えないで済むような条件を挙げていました。

 その上で高難度な願いであれば実現しなくても仕方がないと諦められるし、万一実現すれば心から喜べます。ここで中途半端に妥協した条件で実現してしまえば自身のライフスタイルが崩れてしまうので、「高望み→理想を下げろ」というのはまったく問題を解決できない悪手です。

 勘違い婚活女が「代打逆転満塁ホームラン」を求めているというのは正しいのですが、その一方で全員がそれをベタに信じ込んでいるわけではないと思います。そもそも変わる必要がない、変えたくないと感じているのであればソリューションの実施は必要ないのですが、しかし何もしないのも一方では不安になるため「努力はしていた」という実績をエンタープライズとしての<私>は要請します。

 ヘーゲルは「静止していることは堕落すること、禽獣となることである」という規範を作り、「自分がそうありたいと願うものになること」を重視しました。これは近代的な思考の根底にあるものですので、そう簡単にはハックできません。彼女が『7つの習慣』を挙げているのも象徴的かもしれません。

 このため立ち位置を本質的には変えない円周上の運動を試みようとします。この「移行」は物理的な事実を変えずに「要は、勇気がないんでしょ」すら回避して「頑張ったんだけど…仕方がないよ」になる可能性が非常に高い安全な戦略ではあります。

コストをかけない「高望み」

 宝くじを買うのは期待値の観点から見れば非常に効率が悪いのですが、例えば今年のサマージャンボ宝くじであれば3千円を元手に一等前後賞合わせて5億円になる可能性もありえる非常に変動幅が大きい取引です。

 レバレッジを高めて変動幅を高めるのは損害側に振れた場合の問題がありますが、低コストかつ有限責任であれば娯楽としてやるのは悪くありません。ましてGitHubに書くなどというものは元手がほとんど掛かっておらず、参入障壁を高めることで律儀に会いに来る人もそうはいないと思います。全部を含めてネタになるし、それを聞きつけて「普通の出会い」の可能性が上がるかもしれません。

 『2年付き合った彼女と別れたのでGoogleAdwordsで彼女を募集してみる - razokulover publog』も話題になりましたが、よくもわるくも、こういう目立ち方ってのがアリになっていくのかもしれません。それそのものの実際の効果はともかくとして、ブックマークがあって、オフ会で一時的にヒーローになってという戦略はある意味では価値が高いのかもしれません。「価値=機能/コスト」なので、機能を達成する期待値が小さくてもコストがそれ以上に小さければ問題ないという考え方もあり得ます。

ステークホルダ要求を満たすこと

 システム開発においても「よい会社にして欲しい」みたいな話がビジネス要求と提示されるのであれば、例えば「ここの入力が面倒だから自動化してほしい」「社員食堂を無料にして欲しい」といったバカバカしいとも思えるステークスホルダ要求をヒアリングした結果を実現する事を重視しがちでした。

 しかし、その要求を合算したところで健全な企業になるとは限りません。むしろ移行要求が厳しくなるほどステークホルダは抵抗するのが一般的であるために、本質的には現状維持を意図してちょっとしたカイゼンを羅列する幻想のソリューションが要求される可能性が高くなります。

 その一方で「変えたい」という思いが強すぎると他への影響が大きすぎて「移行要求」へのケイパビリティが不足して実施されないという不可能性に振れることもあります。出来もしないというコンセンサスがとれているような事を言うのはある意味では凄く気楽です。

 それでもステークホルダ要求を満たす意味は三つあります。

  • 当事者として他では知り得ない効果がありうる
  • 従業員満足度を増加させる
  • 従業員満足度を増加させる施策を対外アピールする

 エンタープライズとしての収益性のみを重視した要求を通そうとするのであれば、社員を人間として扱わない方が簡単であり、ブラック企業の理念はそこにあります。しかしそのサスティナビリティは疑問視されており、明示的・暗黙的なストライキをされたり、経験者に退職されていくよりも気持ちよく働いてもらう方がコストが掛からないし、収益が良くなる可能性が高い場合もあります。

 このため、ステークホルダ要求はエンタープライズが持つ要求とは直結しないと分かっていても採用されることがあります。B2B、B2Cに加えてB2E(employee)を第三の顧客として満足度を追求することはEVP(Employee Value Proposition)と呼ばれて広がってきています。

 これはCSRとしての対外アピールや求人コストの削減にも繋がります。マクドナルドの60秒キャンペーンについて書かれた以下の様な考え方も共感を呼びやすくなっています。現在はブラックな働き方や児童就労や発展途上国への搾取の影を見せられながら顧客満足度を高めるのは難しくなっています。

  • アルバイトの人がかわいそう


(中略)


そして3番目については、わたしも同じ意見で、最初にこのサービスについて聞いたときに、「なんか店の人がかわいそう」と思ってしまいました。10年前にはそこまで思わなかったのに。10年前というと、まだ「就職氷河期」という言葉が使われていて、つまり間氷期がこの後にくることが前提のネガティブでありながらも実はポジティブな言葉が使われていた時代です。


つまり、ここ10年で、客という立場のときでもお店で働く人の気持ちを考える人が増えてきているということだと思います。それは優しい人が増えたという話とはちょっと違います。てんてこ舞いで働く姿を見て、他人事とは思えないという気持ちに近いです。どの仕事でも労働環境は悪くなっているので、この60秒サービスに従業員としての自分の姿を見るような気持ちになってしまうのだと思います。


実際、わたしは、マクドナルドでちゃきちゃき働いている老齢のアルバイトさんを見て、「もし将来この仕事についたら、ここまでちゃんとできるだろうか……」と不安になってしまいます。


利潤の追求と同じくらい顧客満足を優先するがゆえに従業員に負荷をかける会社は少なくないのですが、いくらサービスを厚くしても、その結果として従業員がつらそうに見えてしまうのであれば、かえって顧客満足度が下がってしまう……という話でした。


ライフハックポルノは人民のための阿片

 ステークホルダ要求優先の考えは個人にも適用できるのではないかと考えられます。コミットメントなきライフハックは意味がないと煽られがちですが、ステークホルダとしての<私>の従業員満足度を高めるためのソリューションだという事だという事です。

ライフハックのブログばかりを読み、ライフハックの実践にばかり時間を使っていると、油断すればあるいは「ライフハック・ポルノ」の罠にはまってしまうかもしれません。Productivity Porn という言葉はライフハックが登場した頃からあります。「生産性を上げるテクニック」に夢中になりすぎるありさまを、自嘲的に、ポルノに夢中になるさまになぞらえた用語です。ライフハックが登場した 2005-2006年頃は、それこそ非常に有用なテクニックがネット上で交換されると同時に、「短時間でシャワーを浴びる方法」「無駄遣いをさけるために(時間をかけて)日用品を自作する方法」「集中力を維持するための200の方法」などといった、有用さとは斜めにずれたものが wiki に膨大に書き込まれたものです。しかし今でも油断をすれば、その道に踏み込んでしまうことがあります。

 上記のような事はビジネス要求が不明瞭であるために「出来る限り生産性を上げたい」という不明瞭なソリューション要求が発生し、そのために色々と試し続けなければならないといったソリューションのためのソリューションが発生する事によってもたされます。

 そして本質的なソリューションのためのケイパビリティが満たされることはなく、「頑張ったが未達」による罪悪感のないコミットメント遅延が行われるという共犯関係が成立します。いわば一時的な苦痛を回避する「麻薬」という事です。「宗教は人民の阿片である」とマルクスは言いましたが、近代合理主義を信奉する無神論者のための阿片はコミットメントなきライフハックです。

 しかしながら、それはステークホルダとしての<私>が本質的な変化による「移行」を回避しながらも「静止していることは堕落すること、禽獣となることである」という規範を回避するために円周上の運動を求めるというステークホルダ要求を満たしているため心地良いのです。

 そしてノマドや意識高い系に限らず、「手段」の過激さは仕事を得るための対外アピールにもなってきています。彼らの実際の成果物が明らかになることは殆どないでしょうが、その手段そのものが仕事として成立しているということです。

境界面上のシュタインズゲート

 ステークホルダとしての<私>は基本的にコミットメントを遅延させたいと考えますが、しかし「選択しない選択をしたまま時を経る」ことが最も重大でラディカルなコミットメントである可能性があります。現状維持を続けるうちに自身は加齢し、世界は変容します。ビジネス要求との相対距離が不可能なほど離れてれしまい、それがもはや不可逆である事に気付いた時に心の健康が保てる自信がないし、土壇場になって高レバレッジ案件を成功させる自信もありません。

 たったひとりの従業員が心神喪失状態を起こしたらエンタープライズとしての<私>のサスティナビリティは著しく低下してしまいます。であるからこそ脳内麻薬を投与してきたのであるが、そろそろ騙し切るのも限界であろうとも気が付いています。

 エンタープライズとしての<私>は、真の従業員満足のためにステークホルダとしての<私>の要求を聴き流しつつも実現可能性の高いビジネス要求を明瞭に定義して、ステークホルダ要求を明確化する手続きを考えなければならないと焦っています。その一方でより強い幻想を作って最後まで騙し切るという選択肢も考えられます。

 それこそが既に三十路を迎えてしまった時点にとって最大の選択となっていました。しかし、その「選択」はファジィなものであり、両者を保存したままとするアウフヘーヴェンを望んでしまっていたところがあります。それを実現可能であると考える程度には自身のケイパビリティを過大評価するという厨二病という事でもあります。

 シロクマ先生(id:p_shirokuma)が「2012年『はてな村反省会』に関する報告――総論的オフレポとして - シロクマの屑籠」に書かれた「26歳未満のブロガーの中二病的振る舞いに対して寛容でありたいと思う」「実は彼らは、キャバクラなんかとの相性もいいのかもしれない」という範囲攻撃に勝手に巻き込まれてダメージを負いながらも、『Steins;Gate』において33歳のオカリンが言った答えを返そうと思いました。

だが逆に言えば、確定しているのは"それだけ”だ


"最初のお前"を騙せ
世界を、騙せ


それが、「シュタインズゲート」に到達するための選択だ
健闘を祈るぞ、狂気のマッドサイエンティストよ


「エル・プサイ・コングルゥ」

 最初の自分を騙せるのであれば、自分を最後まで騙しきれるのかもしれない。世界を騙せるのであれば彼女も騙しきれるのかもしれない。α世界線からβ世界線に「移行」すれば併せて失われるものがたくさんあることは分かっています。「結婚は人生の墓場」と言いますが、これは<私>の自意識が殺される儀式でもあると考えています。結婚に限らず「移行」とはそういう事なのでしょう。

 それ故にステークホルダとしての<私>は「社蓄しながらノマドワーク」「高収入ドヤ暮らし」「アウラの複製技術」「アナログ手帳のデジタル活用」「論理彼女と物理彼女の同居」といった境界面上のシュタインズゲートへの到達を目指す幻想を構築してアイロニカルに没入させようとしてきました。その論理結界は自身さえ騙せればよいのですから歪になるのも必定でした。しかし、その一方で論理結界の範囲を広げたいという欲望があります。

 そして企業年金が確定年金から確定「拠出」年金になったように結果責任をエンタープライズとしての<私>は負いきれないと判断したからこそ、ゲームマスターを気取りの<私>は「ステーク(=賭け金)の保有者」に降りてきて選択権を分配する。選択権が分配される先は<私>の論理的な分割なのかもしれないし、物理的な追加がありえるのかもしれません。

 ステークホルダーとして取り残された<私達>は賭け金を持たされて「移行」を迫られる。手遅れになる前に「選択した」というイニシエーションを経ようとする一方で、正確に分析したい。<私達>が選んだその要求を実現するためには実際に強度の高い選択をし続けること、正しい選択をしたと思い込んで少々の認知的不協和では戻れないほどに没入するという両輪による不可逆性のコミットメントが必要であるのだから。ビジネスアナリシスとは「要求」を明瞭化して、それに基づいて正しいソリューションを決定するための活動である。

 ビジネス要求:「<私達>は現実を生きる、だから<私達>を騙しきれ」

電波男 (講談社文庫)

電波男 (講談社文庫)

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