太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

喪失の恐怖とそれでも蓄積するモノについて

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photo by Tax Credits

東北地方太平洋沖地震から2年

 今日は2013年3月11日です。あの震災から2年経ちました。東京で働いた震災当日は、電車で家に帰るのが難しくなって、コンビニで食料を確保したり、会議室で椅子を並べて寝たりしたぐらいで、激しい台風が来たのと変わらないぐらいでした。ネットの情報はめまぐるしく更新され、歩いて帰る人々もいたりして不謹慎な事をいえば少しワクワクしていました。家に帰ると本棚が倒れており、場合によっては死んでいたかもしれないなどとぼんやり思いました。

 そこから津波や原発事故云々があってTwitterから退会したり、電車がちゃんと運行されなかったり、計画停電があったりして、なにかフェイズが変わってしまったように感じました。あらゆるものが変わったなどと言うつもりはありません。それでも、自分自身に限れば、死についてであったり、形あるものは壊れるという事について意識するようになりました。

喪失が怖い

 端的に言えば自分なりに「喪失しにくい」ものを選んで身の回りに置くようになったと思います。震災によって自分自身の大切な何かを失ったとは思っていません。家族は無事でしたし、本棚は耐震強化しました。仕事はむしろ一時的に忙しくなりました。それでも「喪失するかもしれない」という恐怖心だけは色濃く残っています。

 そもそもあまり物を買わなくなりましたし、買っても使用価値の償却見込みが立ちそうな日用品や高級食材であったり、バックアップがどこかに「蓄積」されたりして、相対的に「喪失しにくい」もの無意識的に選択するようになったと思います。例えば電子書籍はクラウド上に購入履歴が残ってマルチデバイスで読めますよね。

所有と蓄積

 ニート生活やナリワイなどによる所有欲を最小限に抑えるような生き方について、考えているわけですが、これは逆説的に貨幣への蓄積欲と密接に結びついています。例えば同じ月収30万で1年間働き、後に無収入になった場合において以下のようなシミュレーションが成り立ちます。

月額収入 月額費用 月額貯蓄 年額貯蓄 無収入時生存期間
30万 10万 20万 240万 24ヶ月
30万 15万 15万 180万 12ヶ月
30万 20万 10万 120万 6ヶ月
30万 25万 5万 60万 2.4ヶ月
30万 30万 0万 0万 0ヶ月

 つまり使用する費用が少ないほど貯蓄額が増え、また貯蓄額の相対的価値が上がるため、蓄積欲を満たすためにこそ節約が行われるという構図です。

 従前の考え方ですと所有欲と蓄積欲は密接に結びついていると思いがちでした。例えば高級車やブランド品を事が、一定水準の貯蓄や社会的ステータスを持っているという証明になるという事です。しかし現代においてはある程度までは「買おうと思えば買える」ための仕組みが揃っています。このため、所有者はローン等によって可処分所得の期待値はむしろ低くなる可能性があります。

健康・時間・お金と蓄積について

 生きていくために大切な指標として「健康・時間・お金」を挙げているわけですが、健康と時間は時間軸による蓄積ができません。どれだけ健康になっても加齢には抗えませんし、自由時間の割合を増やすことができても、残りの時間数は一定の範囲です。

 お金に関してだけは絶対量が目減りせず、かつ利息や相対価値によって時系列を経る事による複利的な「蓄積」が可能となります。さらにこの数値データにはバックアップが何重にも取られていて、「喪失しにくい」ものであると考えられます。インフレや国家破綻はありえますが、他の事に比べれば随分とマシです。

自身への蓄積欲

 しかし、お金そのものは何かを行うためのコストであって、その増殖のみを自己目的化しても仕方がありません。数値へのフェティシズムだけでは生きていけません。だからこそ家族になるかもしれない人に使おうなどと思ったわけですが、結果として、その人のバックアップなんて存在するはずもないものでした。

 傲慢にも彼女の未来を「所有」し、かつ彼女の好感度のようなものを「蓄積」していたなどいう幻想は、簡単に喪失してしまいます。お金を騙し取られたとかそういう話でもないのですが、互いに幼かったのだと思いますが、「思い出」のようなものは互いの心の中にバックアップとして残っていますし、一緒に歩いた公園や観に行った映画が何かしらの影響を与える事もあるでしょう。

 そう考えると、様々な経験を自身や誰かに「蓄積」するという事を重要視する事で喪失は回避できるのかもしれません。「物より思い出」なんていう陳腐な結論になってしまうのですが、喪失可能性の回避との共犯性を得るために「蓄積」を続ける事こそが自分にとってギルティーフリーで心地よい消費なのだと思います。そして、こんな文章を書いているというのも、誰かの心にバックアップを取っておきたいからなのかもしれません。僕は喪失が怖いのです。

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