太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

iPodのシャッフル程度の神様、ノマド衝動買い、購入履歴の永続性

Yes Giantessのアルバムを買ったよ

 初夏の昼下がりの散歩中、iPod Touchの中に入っていたYes Giantessの『You Were Young』を聴いていたら、頭の中で鳴り止まなくなって、そのままiTunes Storeで『サイレン』を購入するに至りました。ポップでレトロなエレクトロサウンズと涼しげなボーカルが素敵です。


You Were Young - Yes Giantess

 きっかけになった『You Were Young』を購入した記憶がなくて不思議だったのですが、2010年7月7日にiTunes Storeの「今週のシングル」として無料で配布されていたようです。ちょうど3年後に刺さるプロモーションもあるんだと感慨深いです。

iPodで聴いてから音楽購入をするまでの導線

 「今週のシングル」は特にアナウンスなく終了してしまったのですが、2011年末までやっていたのだそうです。その期間の無料配布に気付き、ダウンロードし、iPodの中に入れ、シャッフルで選ばれ、再生され、私がその曲を気に入る状態にあるという幾つかの偶然が重なった賜物です。

 そして、いったん気になってしまえば、iTunes Storeで表示し、試聴、購入、視聴という作業は非常にスムーズです。電子書籍やソーシャルゲームなど、モバイルで課金する仕組みはどんどん進化しています。Mac版のiTunesではアルバムの画面からStore画面を表示できるので、iOS版も遅かれ早かれ対応するでしょう。

ノマド衝動買い

 いつでもどこでも仕事が出来るというノマドワーキングについて流行っていましたが、いつでもどこでも仕事が出来るという事は、いつでもどこでも物が買えるという事でもあります。そして、「いつでもどこでも」は良い状態の時もあれば、悪い状態の時もあり得ます。

 据え置き型のパソコンや家庭用ゲーム機と違って、スマートフォンやガラケーはいつでもどこでもアクセス可能です。ということは、出張や旅行中にもソーシャルゲームが遊べるということですし、パジャマ姿で布団に寝転がっているときも、泥酔寸前の終電の中でも、”課金アイテム”を購入するか否かの判断を顧客に迫れる、ということでもあります。


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 シロクマ先生(id:p_shirokuma)は『「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?― エレファントブックス新書』においてプレイヤーの判断が極限まで鈍っている「最悪の状態」においてまで購買行動が可能になった事を指摘していて、何度も膝を打ちました。

 その視点に立つと「気分よく散歩していて良い音楽に出会った」というのも、衝動買い引き起こす「最悪の状態」と見なすことも出来るのかもしれません。実際のところ、鬱状態よりも躁状態の方が購買行動に至りやすいと言われているわけですし。

セレティピティの収奪

すんませんねぇ、神様。 俺、誰とも結局繋がれませんでしたよ。 はい、モテキしゅーりょー。 つか俺、神様なんて信じてねえし。 まあ居るとしても、iPodのシャッフル程度の神様なら……


モテキDVD-BOX (5枚組)

 『モテキ』のドラマ版ではiPodのシャッフル程度の神様に選ばれたeastern youthの『男子畢生危機一髪』を聴いて自転車で東京まで走りだすという典型的な躁的行動に至るわけですが、現代社会では幾つかの偶然によって生じる感情の上下さえも、「今、ここ」の単なる購買意欲として昇華/消化されてしまいやすいという側面もあるのだと思いました。


eastern youth - 男子畢生危機一髪 - YouTube

 そして前節の「いくつかの偶然」において「財布の中身」「店に行く」「品切れ」などの障壁は丁寧に除去されています。あくまで「偶然を必然と思い込む私の気持ちだけ」が尊重されます。物事を実行するには「能力、権限、動機」が必要となりますが、能力と権限の2つが既に陥落され、「購入できるし、購入して良い」けれど「購入しない」という状態において「これは購入するしかない!」という衝動が仕組まれた偶然によって定期的に訪れる事態に晒されているのでしょう。

購買に至る新しい音楽との出会い

 新しい音楽との出会いといえばテレビやラジオ、街中のBGMなどが多いのでしょうが、私自身はテレビやラジオを持っておらず、基本的に街中ではイヤフォンを聴きながら歩くので新しい音楽との出会いは本当に少なくなりました。強いて言えばソーシャルメディアから動画サイトに至る導線なのですが、購買に至るかと言えば難しいです。ここで、動画を紹介しているというのも少し気が引けます。

 今回は「今週のシングル」がきっかけになりましたが、そのような導線がなくなると「同じアーティストの別の曲」「似たような曲」「この曲を買った人は、この曲も買っています」といった特性によるレコメンドが増えていきます。その意味で購買にまで至る好みは再帰的に強化されていく方向にあるのかもしれません。

「ウチとソト」で異なる購入履歴の永続性

 ところで、Apple TVの本体で直接ストリーミング再生をしたり、同一アカウントの異なるMacやiOSデバイスに自動ダウンロードできるのはiTunes Storeで購入履歴があるものだけです。そして「今週のシングル」は「購買履歴」に残ります。自分の場合はiTunes Storeから直接買うという事はそこまで多くなかったため、「今週のシングル」に選ばれた多種多様な音楽についてのみこうした恩恵を得られることができます。

 iTunes Matchという最大25,000曲までの曲をiCloud上にアップロードしてライブラリ全体を複数端末から使えるようになる機能があるのですが、それを日本で使えるようになるのは絶望的でしょう。その一方でiTunes Storeで買った曲をAndroidな端末で再生しようとすると大変です。「ソトで買った曲」「ウチで買った曲」は音楽的な特性が同じであっても異なる意味づけになるということです。

 同じようなことは電子書籍でも起こっています。Sony Readerにおいて無料配布された本の場合は入手しても購入履歴が残らず、機器を変えた時に再ダウロードされません。無料の雑誌類や青空文庫の作品などは何を落としたのか記録しておかなければいけませんし、配布終了してしまっている場合もあってかなり不便に感じます。Kindleで買った本をSony Readerで読むことは出来ませんし、その逆もできません。

えいえんはないよ

 私自身は『喪失の恐怖とそれでも蓄積するモノについて - 太陽がまぶしかったから』で書いたとおりに喪失が怖いので、クラウド上に購入履歴が残るという事をサービス利用のひとつの指標にしていました。しかしながら、サービスそのものが提供され続けるかという観点では難しい問題をはらみます。

 例えばXBOX 360はゲームオンデマンド機能があり、HDDが消えてしまったり、ハード自体が壊れてしまってもクラウド上にゲームの購入履歴が残っています。しかしながら次世代機のXBOX ONEとの互換性を捨てていますし、いつまで無料の再ダウンロードサービスを提供してくれるは未知数です。

 実際、楽天Rabooはたった1年半でサービスを停止しました。もう2年以上使って相当買い込んだSony Reader Storeが同じようなことが起こったら発狂します。Kindleが隆盛化してきましたし、むしろ自分自身にセキュリティ・ホールを作ってきてしまったのではないかと後悔することもあります。

iPodのシャッフル程度の神様にお布施を払う

 ソーシャルゲームで夢幻のごとく消える課金と違い、ノマド衝動買いの結果は確実にクラウド上の購入履歴に蓄積されていきます。これは衝動的に買ったモノを衝動的に捨てるのが難しくなったということでもあります。

 仮にMacやiPod TouchやNexus 7を非実在嫁に捨てられたとしても、端末さえ買い直せば大部分のコンテンツはクラウド上から復活させられるようになってきました。それでいて「私の状態」「私の趣味趣向の変化」「妻がモノを捨てる」などにほとんど関わらず、クラウド側の「ダウンロードサービスの停止」によって途端に危機に晒されるという奇妙な所有権となります。買う時には「私の状態」にのみ依存し、無くなる時には「サービスの状態」にのみ依存するという事です。

 つらつら書いてしまいましたが、Yes Giantessはすごく良いです。えいえんはありませんが、ここからしばらくは得られる高揚は本物です。やはりiPodのシャッフル程度の神様は信じて、お布施を払っていっても良いのかもしれません。

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