太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

奢り奢られ問題、物価感覚の相違、個人交易の為替レート

自分をデフレ化しない方法 (文春新書)

自分をデフレ化する方法

 それなりに収入を得られるようになってからも生活水準をあげようとは思いませんでした。正確な経緯を言うと一旦は家賃15万のマンションに住んだりした時期もあったのですが、だんだんと恐怖心が強くなって6万のところに引越し、現在は家賃4万円でインターネット回線付きです。最近の支出状況については『月額課金をまとめてみて「ま、金ならあるし」と思った件について - 太陽がまぶしかったから』の感じです。

 なぜ、そのような事をしているかを掘り下げると「満足のために掛かる金銭的コストの基準値が高くなる」ことへの恐怖心が強いからだと思います。人は刺激に慣れてしまうため、支出金額と満足感が比例するような楽しみを中心に据えると、破滅的に支出を増やす必要が出てきてしまいますし、なんらかの理由で以前までの水準を維持できなくなるのも心身の健康に悪いです。バブル世代の方々の現状レポートを見ると「うーん」となってしまいます。

「家を建てた頃の予定では、今ごろ年収2000万円ぐらいになってるはずだったんですよ。でも逆に、数百万も下がっちゃった。教育費が年間190万円。車の税金が3万円。月のローンは8万円。保険が夫婦で4万円。食費が全部で15万円ぐらいかな。犬のトリミング代が1回3万円。宅配の食材が3万4000円ぐらいで、娘の小遣い1万8000円……」

戦略的コスパ厨

 なので、例えば趣味においては読書、ネット、美術鑑賞といった、「支出金額よりも知識や時間による効用の方が高い関数」を利用して支出金額に明確な収穫逓減を発生させることで、課金制限を掛ける戦略を取りました。よほどの学術書や漫画をコレクション的に揃えでもしない限り*1、それらに月2万円以上使うのは困難です。

 ひとりぐらしをするのであれば、家賃15万でも4万でも住み心地はたかだか2割も変わらない「同じようなモノ」だと主観的には感じていますので、1円ごとに得られる満足度の期待値は家賃4万の方が何倍にもなります。『価値工学理論から見るコストパフォーマンス厨の原理について - 太陽がまぶしかったから』の話ですね。これには、そもそも好きな事が「たまたまそういう性質だった」という側面も強いですし、「コスパが高いから満足度が高い」という再帰的な倒錯の側面もあります。このようにして自身をデフレ化していきました。

物価感覚の相違

 別に「倹約生活」をしているつもりはないのですが、結果として同世代の人々と較べて低コストで暮らしている現状にあります。今回は「それが良い」という話をしたいわけではありません。むしろ1円ごとに得られる満足度の期待値が人と異なると禍根を残しやすいと感じました。

 端的に言えば、それなりの金額を払うなら楽しく過ごしたいですし、料理も美味しくあってほしいという期待値を分不相応に高めてしまう事になります。そして、相手の分も払うなら相応の感謝はしてほしいし、下心も抱かないと言えば嘘になります。もちろん顔には出しませんが、察知されてしまう事もあるとは思います。

幻想の債権

 彼女によると、先日合コンで知り合った男性に誘われて食事に行ったところ、お金を払わされたというのです。居酒屋なので2人でお会計は7000円程度。彼女にしてみると「誘われて来たのだからおごってもらえる」と思っていたそうですが、彼は会計時、誇らしげにこう言ったそうです。「君は2000円でいいよ」。


 「信じられますか?」。

 しかし、現実には「奢ってもらってゼロ」と思う人も多いわけです。ここで私にとって二重の錯誤が発生しています。

  • 私にとっての7,000円には市場価値よりも高めの期待値が積まれること*2
  • 相手にとっての3,500円は「誘われて来た」時点で十分に返されていたこと

 これは金銭にかぎらずともです。えてして恋愛的な意味での期待値が低い相手からは優先順位を低く扱われて、直前の予定変更やドタキャンなどにも柔軟な対応をする必要があって、機会費用も積み上がりがちです。それでいて相手は「誘われた来た」時点で返却済みの気分でいますから気楽です。ですので、一方的に期待値にそぐわない結果を感じて、この不均衡を一方的に「貸し」にしておき、「互酬性」を求めて次に繋げることになりますが、当然の結果として同じ事が繰り返されます。

 こうして幻想上の「債権」が自身の中に一方的に溜まっていくわけですが、相手には「債務」があるという認識すらありません。すると埋没費用を回収しようとさらにつぎ込むことになるのか、または債務不履行を認めてダウナー系になっていきます。しかし、そもそも「債権」など幻であった事に気づかないと行動に浅ましさが出てしまって余計に難しくなってしまうでしょう。

互酬性が通用するのは価値観が近しい人達だけ

 飲み会を『お金がない』との理由で断る人は「『あなたと話すことに3000円の価値もない』と言っているのと同義だということを自覚しろ」なんていう話もありましたが、先の例でいえば「『あなたと話すことに7,000円の価値もない』って言っちゃうおとこの人って……」という話です。それでも、こちらとしては1円ごとの期待価値が高いのに7,000円もの価値があるというつもりなのです。そして「債権」が幻想として消えたことへの執着や後悔を、通常の物価感覚の人よりも強く感じてしまう側面もあります。自分をデフレ化してきたことへの思わぬ弊害です。

 これは個人間の交易に掛かる為替レートが不利になってしまっているという事です。今回は男女間の奢り奢られ問題について中心に書きましたが、金銭に関わらず色々な事で発生しがちだと思います。自己評価と他者評価のギャップがある人にとっての時間拘束であれ、不愉快さを感じる閾値のギャップであれ*3

 等価交換に近い形での互酬性が通用するのは価値観が近しい人達の間だけです。それを前提にして、自身の行動を決定すべきですし、そもそも期待の大半は幻だと思うべきなのでしょう。そうしないと、お金の事よりも自分自身が抱いた浅ましさに自己嫌悪してしまう事になります。会計の時に財布を出すそぶりぐらいはしてほしいですけどね。そもそも最近は女子とふたりで食事をする機会自体が・・・。

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*1:「読書」ではなく物欲や消費欲が先行している。

*2:独りで3,500円の店には行かないです。

*3:不愉快さ、ネタバレ症候群、100万回死んだ虎。または恋が終わる時 - 太陽がまぶしかったから