太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「太陽がまぶしかったから」と呟くために「クリリン殺され待ちの悟空」として眠り続ける

異邦人 (新潮文庫)

限定合理性の中のSAN値チェック

 『MacBook Proを売りに行ったらAppleIDとパスワードの提示を求められた話 - 太陽がまぶしかったから』について、「結局は教えたんかい!」というツッコミは当然です。危険性は理解していますし、押し問答もしています。

 それでも蒸し暑い休日に結構な距離を、15インチの重いMacBook Proを持ち運んで、1時間以上待たされて、既に萎え果てているところに、こちらには十分な知識がなく、具体的な判断材料がないまま、それが当然かのように説明されて、「教えられないなら、お持ち帰り下さい」という状況設定が揃った時に発生した意志力チャレンジに失敗しました。ファンブルというよりも、ダイス値が足りなかったのでしょう。

 2年ぐらい前ならブチ切れて、その場で本部にクレーム電話して、店舗名を2chに晒したり、助けてひろみちゅ先生をしていたと思います。しかし、そのような激情も湧かず、押し問答をしながら上記のような要因によって「もう、どうにでもなーれ」となっていきました。最後の方になると、そこに屈していく心の動きを「これがナンパAVでお金を渡されて徐々になし崩されてく感覚か」などと妄想をしはじめ、「その時の朦朧とした頭の中では均衡した」ので譲歩してしまいました。SAN値チェック失敗です。

太陽がまぶしかったから

 「太陽がまぶしかったから」とはそういうことです。合理的に理解してもらえるとは思いませんし、嗤われるのも仕方ありません。

アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソーのもとに、母の死を知らせる電報が養老院から届く。母の葬式のために養老院を訪れたムルソーは涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど普段と変わらない生活を送るが、ある日、友人レエモンのトラブルに巻き込まれアラブ人を射殺してしまう。ムルソーは逮捕され、裁判にかけられることになった。裁判では母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。裁判の最後では殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べた。死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする。


異邦人 (小説) - Wikipedia異邦人 (小説) - Wikipedia

 とはいえ、そのような決して万人から見て合理的とは限らない心の流れをそのまま書く人々が増えるというのが、インターネットの一般化なのではないかとも思います*1。その時はそう思っちゃった事について、後から冷静に攻め立てても仕方がないですし、眼前に展開された事実*2について冷静な時の自身を尺度にして「ありえない」「想像できない」と言えてしまう想像力のなさについては思うところがあります。いや、開き直るなよって話ですが。

「できるけどしない」意志力チャレンジ

 話が逸れました。『スタンフォードの自分を変える教室』には「意志力チャレンジ」という言葉が頻出します。これは、ある状況下において「出来るけど、しない」を試すことです。「能力・権限・動機」のフレームワークで考えると、「タバコを持っているし、吸ってよいと言われているけど、健康に悪いから吸わない」という状況下において、様々なストレスが加わっても吸わないでいられるかという話です。

 同じような構図は過食・飲酒・衝動買い・不倫・ギャンブルなどにも適用できます。我々の理性的で合理的な生活のためのSAN値チェックは無意識的に何度も行われています。Apple IDとパスワードを提示された店員にも「ログインできるけど、個人情報を抜き取ったのがバレたら首になるかもしれないし、そんなリスクを負いたくない」という形で制限が掛かっているだろうと期待せざるを得ないわけです。そんな期待は幾らでも裏切られるわけですが。

どうにでもなれ効果

 本書内においてまさに「どうにでもなれ効果」と呼ばれていますが、普段から理性的で合理的に暮らそうとしている人ほど、少々のゆらぎで意志力チャレンジに破滅的な失敗をしやすくなると言われています。例えば『レコーディング・ダイエット決定版 (文春文庫)』によって1日1500kcalまでの食事量と決めている人が1700kcal食べてしまった時に、罪悪感で止められるかと言えば逆で、むしろ「2000kcal食べても同じようなモノ」となってしまいがちです。

 出来るか出来ないかギリギリの所に線を置いてしまうと、そこから先はどこまで進んでも「閾値を超えてしまったという事実」は変わらず、差を感じにくいため、本当のデッドラインがあやふやになって累積してしまうということです。無駄遣いだったり、いつまでも損切りできない人の心理状態も同じですね。一旦マイナスになってしまうと、マイナスの「程度」こそが明日にも繰り越される意識が希薄になってしまうのです。

        *'``・* 。
        |     `*。
       ,。∩      *    もうどうにでもな~れ
      + (´・ω・`) *。+゚
      `*。 ヽ、  つ *゚*
       `・+。*・' ゚⊃ +゚
       ☆   ∪~ 。*゚
        `・+。*・ ゚

自己評価の低さと、どうにでもなれ効果

 私自身、特定の条件が重なった時の意思力がとても弱いという自覚があります。この原因として先の理屈に従うと、私自身の「あるべき姿」と「現状」の差分が既に大きくなっており、今回の例であれば私の持ってる個人情報程度でさらに堕ちる範囲なんてタカがしれているという幻想の楽観が生まれてしまっているからなのかもしれません。

 既にかなりの範囲で収集されてしまっていますし、直感的にはYahoo BB!からお詫びの500円が送られてくる程度の価値です。個人情報に限らず、色々な不利益の可能性に対しても同様に考えてしまうところがあります。いわゆる「無敵の人」は、この考えをさらに進めて賭けの対象となる諸々の価値を極端に低く見積もれる人々の事であると考えられます。

逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。
元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。
花輪 和一さんの刑務所の中とか読んじゃったりすると、「刑務所もそんなに悪いとこじゃないのかもねー」とか思っちゃったりもするかもしれません。


そんなわけで、刑罰がリスクだと思わない人たちというのが存在しているのが現代の社会。
日本が法治国家であり、人権を尊重する限り、彼らが逮捕を恐れる可能性は少ないわけです。


無敵の人の増加。 : ひろゆき@オープンSNS
無敵の人の増加。 : ひろゆき@オープンSNS

厨二病と社会の寄与への過度な実感

 ところで「厨二病」について、様々な定義があるのですが、私自身は「社会の寄与への過度な実感」と考えています。「生まれつきの才能」「機関」といったファンタジーによって、本気を出せば世界への大きな影響力を持っていると妄想します。先の「能力・権限・動機」で考えると「世界を滅ぼす能力があり、魔王軍四天王の許しもあるけど、今はこの生活が楽しい」という事です。

 そして「能力・権限・動機」は要素の全てTRUEの場合のみ全体がTRUEとなるAND関数なので「動機」をFALSEにすることよって、残りの「(本当の)能力・(本当の)権限」は値に関わらず全体がFALSEとなる事から不定値のままにしておけます。

 実際問題として、私が勝手に喜怒哀楽して小市民的な行動を起そうが、誰かにそれをされようが殆ど世界を革命する力にはなりえません。大枠を守っている限りは、どのような感情を抱いて、どのような行動をしようが大抵は織り込み済みの範囲に収まります。『STEINS;GATE』でいうところのアトラクタフィールドのようなものです。それを見越して最初から「もう、どうにでもなーれ」と「動機」を欠如させてしまうのでしょう。その楽観も危険なわけですが。

あきらめ駆動人生と眠り続ける意志力

 個人情報に限らず、ある取引スキームで発生する不利益について気付いたり、指摘することは出来ることもあるのですが、すぐに眠くなってしまいます。むしろ眠り続ける意志力チャレンジ*3に成功し続ける事で衝突を回避している側面があります。別に加齢によって丸くなったわけでもなく、むしろ心の中は人一番ネチネチしているとは思うのですが、表に出す頻度は少なくなりました。せいぜい、黙って離れる程度です。

 そうなってしまうのは、ひとつは理想と現実のギャップが大きいこと。もうひとつは「動機」の問題にしておけば「能力・権限」の不足を直視しなくて済むからでしょう。「2年ぐらい前までなら」なんて嘯くのもまさに厨二病的なすり替えです。

クリリン殺され待ちの悟空

 このような思考回路になる事を迂回するためには、現在の視点からの新しいロールモデルを作るべきなのかもしれませんが、とにかく眠くなってしまいます。しかし具体的に発生した不利益を取り戻そうと考える時にだけ少しだけ覚醒できる感覚があります。カイジなの?

 以下のツイートは全く残念な自分のことをあらわしている側面もあります。ここでいう「クリリン」は、それでも私が幾らかは大切に思える全ての事物の暗喩です。

 金田一耕助やホームズは殺人事件がないとメランコリアになりますし、悟空に限らず大切な人が死んだら一時的に強くなれる少年漫画の主人公はいくらでも挙げられます。風が強ければ強いほど風車もよく回るように相手の攻撃を受けきる事によって、自分はそれ以上に覚醒できる事を期待するアントニオ猪木の風車の理論です*4

君がいれば張り切っちゃう、頑張っちゃう

 むしろ迂闊な誘い受けとして「クリリン」を生贄に差し出すように、「能力・権限」を他者に委ねてしまう側面があるのかもしれません。悪意という「動機」さえ観測できれば全力で潰すために覚醒できるのではないかと思ってしまうから*5

 しかし、佐々木敦の言う「シーソー」による運動量を発生させるために、「先に何かを失う必要がある」のは残念ですし、効率が悪いです。だから現時点からプラスに向かうための「不足」について「どうでも・・・良くない!」と言うためにも「劇的な回心」がほしいのです。やっぱり恋したいにゃん♪

DREAM PRICE 1000 久保田早紀 異邦人

DREAM PRICE 1000 久保田早紀 異邦人

  • アーティスト: 久保田早紀,山川啓介,萩田光雄,若草恵
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックハウス
  • 発売日: 2001/10/11
  • メディア: CD
  • 購入: 1人 クリック: 52回
  • この商品を含むブログ (18件) を見る

*1:コンビニのあの娘のブログとかすごい好き。

*2:「本当のこと」しか書いてないなんて事はありませんが。

*3:「眼を瞑り続ける意志力」とのダブルミーニング。

*4:本来は力を抜いて相手の技をあるがままに受ければダメージが少ないって話みたい。

*5:「覚醒」妄想こそ厨二病です。