太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「いつでも・どこでも」働けるなら「いま・ここ」で生活できなくても良い?

ノマド化する時代 (ディスカヴァー・レボリューションズ)

下がり過ぎた単価と自己の再生産コスト

 『クラウドソーシングで単価が下がっているフリーランスが大量にフィリピンに移住する未来 | 大石哲之ブログ』は「日本人がフィリピンで暮らして日本人向けの仕事をする」のは、下がり過ぎた売上単価に対応するために自己再生産コストをアクロバティックに切り詰める議論です。

 アメリカではマクドナルドが低所得者層向けの家計簿サンプルを作ったり、ウォルマートでは生活保護を受給しながら働くためのマニュアルがあると言われていますが、「物価の安い国への移住」は今のところ「劇的」です。

米マクドナルドは先週、低賃金で働く従業員に対し、安い給料でいかに生計を立てるかを指南する目的で家計案を提示し、会社のイメージを傷つけるとんだ騒動を引き起こしてしまった。

 ファストフード世界最大手の同社に悪気はなかったのだが、その家計例には食費や暖房費、ガソリン代など、あればきっと役に立つであろう項目が除外されていたため、誰もが最低賃金で実際に生活するのは無理だという議論に弾みをつけてしまった。


ウォルマートは薄給の従業員に対して、国の生活保護を受けさせます。従業員の8%は生活保護を受けることに。


世界一のスーパーマーケット・ウォルマートの安さの裏側 | テレビが報道しないアレコレ世界一のスーパーマーケット・ウォルマートの安さの裏側 | テレビが報道しないアレコレ

物理存在としての自身を疎外できてしまうこと

 僕自身としては、仕事は以下の4つに分化すると考えており、このうち「論理的成果物の生産者」については「いつでも、どこでも」がやりやすいため、物理存在としての自身がどこにいるかはあまり問題とならなくなってきます。いわゆる「デジタルノマド」ですね。

  • 緊密な合議による意思決定を行う中央機構
  • 設計、ソフトウェア、文書、絵画等の論理的な成果物を生産・整備する労働者
  • 工場、建築、農業等の物理的な成果物を生産・配送・整備する労働者
  • 人間を直接的なインターフェイスとした対応を行う感情労働者

 自身の物理存在が問題とならなくなるとフィリピンにでも、ドヤ街にでも、地方にも住む事ができます。それを「疎外」と取るのか、「自由」と取るのかは微妙なところにあります。

物理的移動権力の暗黙的売却

 マクドナルドやウォルマートは人間を直接的なインターフェイスとした感情労働なので、指定された時間に店舗にいなければ発生しない労働です。よって雇用主が指定する「いま」「ここ」に居る必要があり、「物理的移動権力」への売却が給与に含まれます。

 この構造においてはオフバランスな施策を含めた「最低賃金」で、その場所で暮らせなければ雇用の維持をしようがありません。かつては学生や専業主婦等が行うサブワークという位置づけによって生活不能な賃金を許容してきましたが、主たる給与所得者もこのような仕事をせざるをえないようになると生活が破綻して労働者として利用できなくなるため、前述の生活保護や家計簿の話がでてきます。日本の場合は1人当たりの過剰労働によって無理矢理にでも生活できる程度の額を積み上げています。

物理的移動権力が暗黙的に売却できない

 逆に「物理的移動権力の売却」が含まれない仕事の「最低賃金」はそれを下回る可能性が出てきます。成果物に問題がなければ、その人が東京で生活できるかは問題になりません。これには4つの側面があります。

  • 生活できるか?は基準とは関係ない
  • 労働市場への参加者が増える
  • 「経験」「実績」のためにやりがい搾取がしやすい
  • 家事や子育てをしながら行える(先のサブワーク)

 「いつでも」「どこでも」働けるんだから、「いま」「ここ」で生活するための責任は負う必要がないということです。その時に「仕方なしに」フィリピンなどの別の国に行かざるをえないのであれば、「物理的移動権力への売却」が実質的には海外移住まで視野に含みうる強権に変わります。その上で「誰にも命令されていないけれど、実質的にそこに行かなければ生きていけない」というスキームによって、移住のコストやリスクは全て自己負担になるという暗い未来です。

物的移動権力の明示的売却

 「いつでも」「どこでも」働ける仕事をしている場合において、物理的移動権力を高い家賃とカフェワークで蕩尽してしまう事もできますが、そうしない選択肢もあります。物理的移動権力への暗黙的売却が行われない人々が取れる選択肢は以下の三つです。

  • 生活費を圧縮して実質的な「換金」を行う
  • 子育て、副業、趣味などを混ぜ込んで付加価値を高める
  • カフェなどで無意識的に消費する

 ひとつの目の選択肢を選んだ意識の高い貴方はノマドヤ暮らしがぴったりです。ドヤ街と言うと、どうにもアレな雰囲気を感じてしまうかもしれませんが、現時点ではいきなりフィリピンに移住してデジタルノマドとしての活動を開始するよりはリスクが低いのではないかと思いますし、事前のシミュレーションとしても機能します。


移民スワップという倒錯

 フィリピンから介護や看護や水商売といった人間を直接的なインターフェイスとした感情労働ために日本に移住してもらおうとしつつ、日本からは論理成果物の生産者たちがフィリピンに移住するというのも奇妙な倒錯です。

 それだけフルワークとしての感情労働を嫌う日本人が増えてしまったという事なのかもしれませんし、そうなるだけの産業構造的、社会通念的、心情的な問題もあります。僕自身も飲食業の正社員になろうとはとても思えません。

「いつでも」「どこでも」働けるから、「いま」「ここ」で生活できなくても良い?

 自由を求めていたはずが、極端に少ない選択肢になって、それでいて「自分自身で選択したんでしょ?」となるような事物は多いものです。

 「物的移動権力」への暗黙的な売却ができないのであれば、自分自身で明示的に売却先を探す必要がありますが、それで売れなかったり、極端に安く引き取られても自己責任です。その性質を意識してから「いつでも」「どこでも」を考えてみるのも良いのではないでしょうか。

ノマドと社畜 ~ポスト3・11の働き方を真剣に考える

ノマドと社畜 ~ポスト3・11の働き方を真剣に考える