太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

渋谷直角 『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』〜自意識の不良債権を背負ったサブカルクソ野郎達への鎮魂歌

カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生

サ、サ、サブカル糞野郎ちゃうわ!

 『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』という言葉は文学フリマで聞いて以来、すごく気になっていたのですが、そのときはそのままでした。そこから久谷女子でも話がでたりして、やっぱ欲しいなーと思っていたら、まさかのメジャーデビュー。

 しかも「友達の店」特典で久保ミツロウ&能町みね子が歌う『今夜はブギー・バック』ボサノヴァMIXのCDまで付いてきます。池袋のお洒落雑貨&お洒落カフェことプラトーなら在庫をあることを久保さんがリツイートしていたので購入しました。素敵な出会いに感謝! 頑張って、サブカルっぽい固有名詞トークしてみた。


J-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生

 本書は以下の5編の短編漫画からなります。内容はタイトルから想像できることで大体合っているし、想像できなかった人は対象読者ではないのかもしれません。それにしても、ピンポイントな層に向けてキャッチなータイトルですね。

  • カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生
  • 空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋
  • ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園
  • 口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)
  • テレビブロスを読む女の25年

 「空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋」の主人公は三十路女子だと勝手にイメージしていたけど、自意識高い系男子だった。

http://instagram.com/p/VOxWK8pkhu/

下層サブカル臭の漂う空気感

 ディテールの細かい描写にニヤリとしつつ、ほんの少しでも、そういう界隈に関わったことがあれば感じるであろう痛々しさや、なんか嫌な感じというのを見事に再現しています。30を超えても売れない歌手やライターや劇団員をやってて、アルバイトで食いつないで、友達同士で客になり合って、堅実な道に進んだ仲間を見下す生活。

 そういう意味では僕自身は「見下されていた側」なので、なんともいえませんが、こちらからも本当にそれで良いの?と思ったりすることもありました。自分は「きっと何者にもなれない」という事を自覚したのが比較早かったので、「あー、はいはい」と思えて、痛みへの当事者性は低いのかもしれません。

 なので、おまけCDで歌っている久保ミツロウの『モテキ (1) (イブニングKC)』についても実際的な痛みは殆どなく、ここまでアザトいならアリ!ってなっている所があります。その意味では本書も同じポジショニングなのでしょう。この、メタに捉えている感じが罹患してるなーと自覚してますが*1。こんなの全然痛くない、全然痛くないよ(ミサワ顔)。

自意識の不良債権を背負ったすべての男女に贈る

 上記は裏表紙の帯に書かれて言葉なのですが、自分の中でも「不良債権」はひとつのキーワードになっていました。いつまでも、そっちの世界にいられる人々は良くも悪くも自身の「才能」「魅力」について、それなりの投資をすれば、それ以上に回収できるものだと信じているからこそ、若さや金銭などの機会費用を投じ続ける事ができます。

 しかし、「有名になりたい」「評価されたい」は「外的要因」によって叶えられるものであり、コントロールしようとしても高難度です。本書でボサノヴァカバーを歌うカーミィのように枕営業などによってドーピングする事はできるでしょうが、それこそ「内的要因」たる「強み」の問題で続きません。

債務不履行を認めつつ認められない

 こうして手段すら問わずに、この世界に負わせたはずの「債務」は債務不履行<デフォルト>して、不良債権となってしまいます。才能がなかったのか、努力の方向が間違えていたのか、機会がなかったのか、それらの複合要因なのか。「ほんとうの理由」なんてものは分かりません。

 ただ、投じた機会費用はもう回収できないのだと薄々は気づきながらも、それを認めて損切りする事もできず、「この世界の誰も何も分かっちゃいない」「負け組」と見下して彷徨い続けます。自身の不備を認めたところで、他に再投資できるだけの「残金」「若さ」もないのですから。あとは人生ゲームで言う所の開拓地送りになって、稀に来る出番のたびにルーレットをまわして低期待値の「あわよくば」を求めるしかありません。あわよくば男子です。

それでも内的要因を高め続ける

 ただ最終話の『口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)』については毛色が違っています。この話の前半は、それなりの企画力や文章力はあった同人誌の編集長が、イケメン売れっ子ライターにサークルクラッシュされたり、編集者に企画だけ持ってかれたりして全てを奪われる胸くそ悪い話です。

 しかし、ここで「世界の方が間違っている」と腐りきらずに、「早く中身の伴う人間にならきゃ・・・!」と仕事に夢中になります。『モテキ』の映画版で言えば、くるりの『東京』が流れる時間ですが、そこで流れるのが宮沢賢治というのは意表をつかれました。別に明確なオチなんてないのですが、そういうベタを織り込んで一周回った感じが良いとか言ってしまう感じが自意識高い系なんですよ。悪かったな!

サブカル糞野郎達への鎮魂歌

 もはや、ベタなサブカル糞野郎は絶滅危惧種ですし、メタに描いた作品が増えて矯正されやすくもなりました。それでも既に罹患した人々はメタ化して、巧妙化しながら、さらにこじらせてもいます。「特攻薬」みたいなレビューもありましたが、治るのは「本当のサブカルではない*2」からです。

 その一方で、もっと若い人達は屈託なくニコニコ動画やpixvで自己表現をして手軽に評価をもらえています。ニコニコ超会議2の「ニコニコ超文学フリマ」で店番をしていた時に客足が極端に鈍かった反面、その隣の「作ってみた」スペースは大盛況になっていて、世界の残酷さを見せつけられたりもしました。こんな所にも「ロスジェネ」があります。やはり我々は「過渡期」の存在なのかもしれません。
 
 おまけCDの『今夜はブギー・バック』ボサノヴァMIXをエンドレスで流しながら、本書を読むと変なところにトリップ出来ます。そういえば『モテキ DVD通常版』のエンディングテーマも『今夜はブギー・バック』です。この曲は自意識の不良債権を勝手に背負い続けたサブカル糞野郎達への鎮魂歌なのかもしれません。

カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生

カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生

*1:「自覚」宣言もまたアレという無限ループ。

*2:で、でたー!