太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

微分化した最適化の強度のなさと、それらの介護を見据えていく事について

微分化した「最適化」の強度のなさについて

 下記エントリはかなり響きました。僕自身もIT業界にいる事もあって、業務そのものについてもITのフレームで最適化を考えてしまう傾向があります。しかし、ここ10年で考えても技術は移り変わり「その時は最適」だと思っていた事を、今になって再検討したら残念な事になる事が多いです。

このうち、重要と感じるのは(2)の方で、図書館というのは、基本的に100年以上前のものを100年後にもきっちりと残すという、非常にスパンの長い、ある意味でとても保守的な仕事である。もちろん、一方でスピードの早い業界でもあって、技術動向や海外動向をいち早く取り入れる必要のある業界でもある。

そういう両極端の性質をもつ仕事だという前提にたったとき、IT的素養のある人には、図書館の保守的な部分が、文化を守るための必要な保守性、ということがわかってもらえないことが往々にしてある。

 実際2000年初頭に作られたシステムのお守りや更改検討をする事もあるのですが、様々な落とし穴を「運用回避」の連続で生きながらえてる事は珍しくもありません。コーディング自体にはアジャイルやTDDの技法を採用していた痕跡があっても所詮は戦術論であって、大局的なアーキテクチャが幼稚だったり、ある業務の頻度変更にすら追随できなかったりもします。仮に黒歴史ノートであれば忘れてしまえばよいのですが、作られてしまったシステムは本当に10年単位で運用されてしまうわけです。

ユーザーとベンダーの共犯性

 そこには二つの側面があります。ひとつ目は図書館員としての経験は浅い若手が担いがちな「ITによる最適化」は得てして短期的な効率を目指しがちなこと、もうひとつは「ITによる最適化」についてベテランの観点から適切なレビューを行うことが難しいということです。その状態においてIT化による革新が政治的に決まった場合において、ベテランの業務担当者を「保守的なロートル」として疎外しがちであり、そんな態度を取られれば丸投げして非生産的な文句を言うぐらいしか出来なくなってきます。外部のSIerが直接的なヒアリングまで担当すれば考慮する事も多いのですが、内部の「分かっている人」が吸い上げを行うとSIer側からは手が出せなくなってしまう事があります。

 これは単純な世代間断絶ではなく、経験している分野が違えば捉えているものが違うという当たり前の話なのですが、IT化においては「ITとしての最適」の価値を高く見積もってしまいがちなステークホルダーで固められる傾向にあり、逆に業務としての価値や継続性といった観点からしたら悪手になってしまう選択がされてしまいがちです。いわゆる『バカの壁 (新潮新書)』というものですね。これを避けるための意識や仕組みづくりというのは必要だと実感しています。

微分化した「最適化」の弊害

 このことについて、ライフハックや非モテなんかも同じ罠にはまっているのではないかと思う事があります。範囲を細かく限定することでコントロール可能性は増えますが、それが次の局面でも使えるのか?は別問題です。もちろん次の局面になったらまた考えれば良いのですが、加齢や社会状況による「戻れない楔」も増えていきますし、「蓄積」は着実に影響を与えてきます。なので、今の時点での「最適化」を考えたら、それが10〜50年後も続けられるかという事を考えてみるのも良いのかもしれません。このコピペを贈ります。

昔からネットには喪が多かった。顔ぶれは随分変わったが、やっていることは今と大して変わりない。 俺ももちろん喪だ。当時流行ってたテキストサイトの影響もあって、クリスマスは徹夜で更新し続けたり、エロゲ画面にケーキを備えたり、オープンしたばかりのメイド喫茶でオフ会したり、それなりに楽しい喪ライフだった。

当時の仲間うちの平均年齢は、30歳弱くらい。今思うと、みんな余裕だった。 喪って言ってもたまたま今彼女がいないだけで、イケメンの人もいたし、高年収の人もいた。なんだかんだ言ってもそのうち結婚できるんじゃね?って思ってた。実際、その後結婚した人もけっこういる。「○○君って、もっとオシャレすれば絶対モテるのに」なんて言われていい気になりながら、「いや俺はさくらたんしか興味ないし」とかふざけた答えを返していた。

で、久しぶりにオフ会に行ったら、当たり前だけど当時30歳だった奴ら、今は40歳だ。イケメンはハゲデブになり、もともとキモヲタだった人は、末期的キモヲタ中年になっていた。

「喪」「ヲタ」「童貞」「一生独身」「孤独死」

昔は、対抗文化を共有するための合言葉だったこれらの言葉が、急に現実味を帯びてきた。
自虐ネタで笑う余裕がなくなっていた。リアルに一生独身で童貞のまま孤独死するんじゃね?という悲壮感がぷんぷん臭って、とてもじゃないけど昔みたいに「この喪が」とお互いに笑い合える雰囲気じゃなかった。

喪のお前ら、童貞で孤独死する覚悟が本当にあるのか?
めんどくさい努力を勧められる煩わしさを避けるために「俺三次元の女の子に興味ないし」と言ってるんじゃないか?
生ぬるい喪コミュニティの中で余裕こいていられるのは今だけだぞ。

今はめんどくさいから後回しって思っていても、あと数年すると、本当に取り返しのつかないことになる。40歳過ぎてから「やっぱり結婚したい」と思っても、その時から努力し始めてももう遅いんだ。 その時になってもまだ、「※ただしイケメンに限る」とか言い続けるつもりか?

孤独死問題と介護

 でも「孤独死」を過剰に恐れて、だから結婚しろって風潮については未だによくわからないです。孤独死には「死別シングル」「離別シングル」「非婚シングル」があるわけですし、「結婚」の方が長期的な解決策としての強度が欠けていると言わざるを得ません。

 介護されるよりも「わたし気になります!」って言ってくれる女子がいれば生きる気力も湧いてくるのではないか。これは実のところ「介護者主導型介護」として問題になっています。妻の介護を始める事になった夫が使命感を得て、仕事の応用ができるようになった途端に元気になるという事例は『講座社会学〈14〉ジェンダー』などでも取り上げられています。

 最近のラノベにも「要介護型ヒロイン」の傾向が見て取れますし、手の掛かるシステムのお守りをするのも「介護」ですね。そもそもゼロ年代においては・・・ってなんの話だっけ?

とある魔術の禁書目録(インデックス) (電撃文庫)

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