太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

出勤はやっぱり儀式?〜社会化寿命の短期化と予期的社会化の連鎖反応

日本列島列車大行進2014 [DVD]

通勤準備の時間

 ここ数ヶ月ほど何らかのステータス異常に掛かっていて、いくら寝ても眠いし、頭痛や肩こりがあったりして積極的に出かけようと思えなかった。仕事の都合で通勤場所が日によって違う上に通勤時間もすごく長くなってしまったので、日常的な遅延や接続ミスを考えてバッファを持って家を出る必要があるし、トイレなども予め済ましておかないととなる。

 家から会社まで30分なら始業1時間前に起きれば充分なのかもしれないけれど、平時で1時間半掛かるとすれば最低2時間半前、余裕を持てば3時間前に起きる必要がある。この3時間は「労働の準備」に費やしているのに、ぜんぜん報われない3時間だよね。通勤時間が長い時にポンポンペインになると悲惨だし、シャワーを浴びたり髭を剃ったりも必要だけど、それ以上に重要なのは「社会人モード」になるための時間なのかもしれない。

予期的社会化

 社会学の概念において「予期的社会化」という言葉がある。例えば就職活動をしていく中で、好むと好まざると「会社に入社する前に」社会人としての振る舞いを獲得していく。「社会化」においては集団内における役割を獲得していくなかで振る舞いを身につけるわけだけど、「まだその集団に属していない段階」で、その集団に準拠した振る舞いを身につけるということだ。

 これを駆動するのは、「その集団に長期間属する事になるだろうという期待」という先行投資である。先の就職活動の例であれば、少なくとも数年単位ではある会社に所属する期待があるからこそ、半年〜1年前から予期的な社会化を行う事が自身の中で許される。しかし、現在のように就職活動をしても結果が思わしくなく、終身雇用も崩壊したと過剰にいわれつづけたことで、「その集団に長期間属する事になるだろうという期待」が壊れてしまい、それが行えなくなってしまった若者が増えたのではないかと思われる。

社会化寿命の短期化と都度の予期的社会化の必要性

 自分の事を考えても、労働意欲が下がり、また長期間その会社に勤める気がなくなると、「社会化」が短期間でリセットされる感覚がある。よくいえば仕事とプライベートが明確に切り替わっているということなのだけど、そのぶん都度の予期的社会化活動が必要になってしまっているのではないかとも思われる。

 これを駆動するのは「その集団に長期間属する事になるだろうという期待」ではなく、「その集団にこれから5日間(または1ヶ月)は属する事になるだろうという期待」からの行動である。実際的には重なっている部分もあるし、既に社会化に成功していたからこそ通勤時間という短時間で再獲得できているわけだけど、それでも相応の「過程」が必要となる。

 要するに言えば夏休みなどで一週間も休んだらその次の出勤日は仕事にならないという感じがもっと短期間で起こっているという感覚。長時間の通勤時間があるからリセットされてしまうようになったのか、長時間の通勤時間があるからそこで予期的社会化をしなおせば大丈夫だとタカを括ってしまったのかの切り分けは難しい。

出勤は儀式なのか?

出勤という名の儀式


サラリーマン時代も非常に強く疑問を抱いていたのですが、僕たちは本当にオフィスに行く必要があるのでしょうか。


特に台風や震災の中、満員電車に乗ってオフィスに向かうのは完全に意味不明です。明らかに「電車が止まる」「危険なので外出を控えてください」という報道が朝から出ているのに、勇猛果敢に会社に向かうわけです。


そうした状況においては、比喩ではなく、もはや「出勤」は儀式的な行為なのでしょう。太陽がいつもどおり上ることを祈り、生け贄の儀式を毎日行っていたというマヤ文明に遠からず、といったところです。

 上記はあくまで台風などの話だけど、予期的社会化の観点から考えると出勤時間とその準備期間は儀式的な活動に使われているように思える。日によって違う場所にいくのも「人質」としての役割が多いからであって、客先でぼんやりしている姿を見せるわけにもいかない。そして勤務時間が終わるとその反動で社会化がリセットされてしまう感覚があります。

f:id:bulldra:20130909073204p:plain

 つまり、そういう「人質としての儀式」のための準備として予期的社会化の「出勤という儀式」が必要であり、「出勤という儀式」のための「出勤準備という儀式」と2連鎖の予期的社会化による儀式が毎日のように行われているという事だ。そりゃ疲れるようになってしまう。僕が在宅勤務を希望するようになったのは、この「儀式」の羅列に掛かるコストを無駄に感じるからなのだろう。

脱社畜を考えてみる?

 そんな感じになっている時に『脱社畜ブログ』さんの本が出ました。通勤時間という儀式中に読むと、より厭世観を強めて予期的社会化に失敗してしまうかもしれませんが、読んでみましょう。

脱社畜の働き方?会社に人生を支配されない34の思考法

脱社畜の働き方?会社に人生を支配されない34の思考法