太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ネットでは「何を言ったか」よりも「どういう経緯で言ったか」

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photo by 401(K) 2013

ストックを持つと、そこから先のフローを抑えようとする

 日本ではストックよりもフローに対して重課税をする傾向にあります。既に貯金が1億円あって、不労所得が年間100万円のAさんと、貯金は500万円だけど残業ばかりして年収600万のBさんではBさんの方が多くの税金や社会保険料を取られます。そしてAさんが1億円貯められたのは600万を稼いでいた時期の課税や社会保険料が低かったり、郵貯の定期預金をはじめとする無リスク金利が高かったという前提があったりします。

 消費税についても既に住宅や車や家電をひと通り揃えた人にとっての影響は微々たるものです。むしろこれから社会人になったり、結婚して一通りの大型支出を経験する層からの搾取となっています。駆け込み買いが出来るというのも既に貯金があるからであり、これからの給与をアテにせざるを得ない人々にとってはより多くの支出が必要になってしまいます。

 また現在得られる100万円は1年後に得られる100万円よりも価値が高いとされますが、これは国債などの無リスク金利の年利を仮に1%とした場合に「1年後の100万円は現在99.1万円あれば用意できる」ことから計算されます。それに加えて100万円を今もらっておいた方が課税額が少なくなる可能性が高いという判断もあるのです。例えば所得税においては復興特別所得税による値上げがありましたね。

 日本では既にストックを持った人達が選挙に大きな影響を持つため、課税対象を今からのフローにしようという制度になりがちだったりします。「今から税引き後の100万円稼ぐのは、今まで税引き後の100万円を稼ぐよりも難しい」という制度改正が過去からの蓄積で行われてきました。額面給与が上がってるはずなのに振り込まれる金額が減ってるなんて事はよくある話です。このような仕組みが格差を固定化するのに良くも悪くも役立っています。

 このような考え方は「発言力」や「人気」などにも見られるものです。

ネットでは「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」/匿名主義の信条 - デマこい!

ブログを始めたとき、匿名で行こうと心に決めた。


経歴も肩書きも秘密のまま、どこまで行けるか試すことにした。理由は2つある。まず、ブログは共感と代弁のメディアだからだ。そして、ネットでは「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」が大切だと信じているからだ。


この2つの信条を証明したくて、私は匿名で書き続けている。

 背景を明かさないで書く事がフラットに評価されるには必要となるという話は同意です。「実名主義」のカウンターですね。しかし「何を言ったか」の羅列によっても「誰が言ったか」は形作られており、良くも悪くも id:Rootport さんは既にその段階をアガってますやん。という感想を抱きました。そして、これからは「誰が言ったか」の価値を下げるという倫理を提示することで、今後、「誰が」に溜まるフロー的な評価を割り引いて、自身のストックを安泰にし、結果として格差の固定化に舵を切っています。それって既にストックを持った人達が、そこから先の他者のフローを抑えようとする話に似てると思いました。

 もちろん大学教授や外資コンサル勤務といった経歴によるリアルなストックを持ち込まないで、ネット上に表出するケイパビリティからここまでのストックを作られたことは尊敬に値します。しかしアカウント名をリセットして同一視をできない程度に文体を変えても再現できるかというのはまた別問題でしょう。

明日ここに来て下さい、ほんとうの匿名というものを見せて
rootportがいってるのは顕名。
これ言うの何度目だよ。どうせこれもツッコミまちなんだろ訂正コメでブクマ稼ぐための。
もう「デマこき」ってはてな限定だけどブランド化してんじゃん。
それほんとうに匿名っていえんの?
別に毎回増田でやれなんていわないよ。
自信作を一回、増田で投稿してみろよ。
匿名での実力ををためすってそういうことだろ。
まぁ、増田は増田で実はブクマ稼ぎやすいからPV集めやすいんだけどな。
はてブするのが習慣になってる常連が巡回してるからな

 僕が過去に増田で書いていた頃には、それなりにブクマをもらえたのに自分のブログはじめたら1日6人ぐらいしか来なかった時期が結構ありました。なのでサブブログを始めてみるのも手だと思います。「発言に責任を負うために、掲示板ではなくブログを使っている。」はサブブログで達成できますので、それができない理由は別にもあるのだと思います。

 そもそも「匿名主義の信条」と言ってこれだけの反応があるのも、これまでの文脈ありきだと思われます。つまりネットでは「何を言ったか」よりも「どういう経緯で言ったか」の方が重視されているのです。

ブログの面白さは、自分によく似た権威ある他者と出会うことにある。

ブログの面白さは、自分によく似た他人と出会うことにある。


「自分の思ってることを言葉にしてくれる人がいた!」


「自分のモヤモヤをズバッと説明してくれる人がいた!」


そういう書き手に出会うことが、ブログを読むときの喜びだ。だからブログの書き手は、余計な経歴など明かさないほうがいい。どこの誰とも分からない無色透明な存在でいたほうがいい。読者は自分の望む「書き手像」を自由に想像できるからだ。

 「自分の思ってることを言葉にしてくれる人がいた!」を喜ぶのは、それを「権威ある人が言った」事によって裏付けをしやすくなったり、自分の意見を言いやすくなるからです。増田についてもホッテントリ入りでもすれば既に権威は付与されています殆んど意見はそもそも読まれないか、ナナメ読みで理解されずに捨てられる中で「ホッテントリだから」「この人だから」と優先的に解釈されたり、RTだのブクマされるだのといった利得を得ています。フラットに評価された中で私の意見が選ばれたんだと思うのは少々牧歌的すぎます。

 全てがそうだとは言いませんが、「みんな」の一定割合は権威で動いており、その権威のストックが既に自身にあることを自覚しながら、殊更に「私はそれを使っておらず、意識的な部分では皆も使うな/気にするな」という倫理を示すのは、その一方で無意識的な動作ではそれを維持する事を見越しており、不誠実なように思われます。

むしろ顕名主義でいきたい

 僕自身としては顕名主義派です。自身の背景を明かしても「それで、こんな文章!?」「ふーん(嘲笑)」といった効果しかないと思われるため、正確なところは矛盾だらけの虚言によってボカしてます。しかしながら、池田仮名というハンドルネームやブログの読者登録などの「今後の蓄積」についてはむしろ積極的に求めているところがあります。

 ひとつの文章で全てを表現することなどできないし、そもそもジャーナリストでもない市井の人々の大抵のブログエントリは文脈ありきのものです。その文脈を切り離して「何を言ったか」のみが重視されるというのは望む世界ではありません。また何かを言うにしたって、殆ど読まれければ意見も拡散も発生しません。

 ブログの目的は人それぞれでしょうが、僕自身は「WEBLOG」の原点である、ある人間の行動/思考のログという用途に使いたいと考えています。「ログ」というのはAという考えだった人が今はBという考えになったという「経緯」の羅列の運動量にこそ価値があると考えています。「何を言ったか」よりも「どういう経緯で言ったか」は権威ある人だけに限らないことですが、その「経緯」には権威も含まれる場合があります。

 「何を言ったか」だけでは面白おかしく切り取られて、曲解されるリスクを含んでいます。文脈を把握せずに、一部の文言だけがまとめサイトに晒されて盛り上がるのは良くあることです。その意味では「何を言ったか」は重視されがちですし、僕がこのエントリでしているのもそういう行為なのかもしれません。しかし、文脈を切り取られてひとり歩きした言葉は一方では無力であり、一方では意図しない力を持ってしまいます。それは「私の言葉」ではありません。

 なので我々が書いて理解されたいのは「どういう経緯で言ったか」という事ではないでしょうか。僕は顕名主義で行きたいと考えていますし、「何を言ったか」には権威を織り込んだり、一定数の羅列で見なければ評価不能だと宣言します。既にストックを持つ者が他者の今後のフローを抑えるような事を言い出したら、その文脈を探るのも一興ではないでしょうか。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

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