太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

自己愛のリスク分散とありえた自分の死体の山、または12人の妹がいれば1人死んでも悲しさは12分の1で済むのか問題

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photo by ▓▒░ TORLEY ░▒▓

自己愛のリスク分散

 私は自己愛を満たすための「根拠」は複数持ってい方が良いと考えています。例えば仕事において「出世」しか見ていないと、それがダメになったら潰れてしまいますし、たった一人だけを愛し続けても振り向いてもらないならストーカーです。『ノンジャンルブログでありたいのだ〜「勝つ事」よりも「勝ち方」に拘ってしまうアマチュアブロガーの勝利条件 - 太陽がまぶしかったから』の後半部分は、その話をブログに適用したものです。

 可能世界においては、結果に応じて後付で「最初からそれを求めていた自分のみが生き残る」という現象を起こす事ができます。つまり、「Aという結果を期待している私」と「Bという結果を期待している私」が同時並行で存在し、仮にAという結果が確定した瞬間に「Bを期待していた私」は死ぬのです。


(中略)


 私の思う『勝ち続ける意志力』は物理的な結果に応じて勝利条件の指標を入れ替えてしまうことで、勝った事にしてしまう事によって成立します。ダメな人だー(´Д⊂。その時に書き手としての満足度のみをストイックな指標とするというのも手なのですが、結果として使える材料が出来たならそっちも活用してしまった方が楽です。個々の実績を狙ってレイヤーを積み重ねていけば総体としてはそこそこの結果に錯覚できたりするものです。そして試行回数が増えるほど、総体での達成は容易になります。

可能世界における「ありえた自分」の死体

 複数の目標を用意しておき「結果として」良いモノになったものだけを指標値として取り上げれれば、一定の自己愛が満たせます。全部ダメならどうするんだよ!って話はありますが、それはPVや収益など「外的要因」に目標を置いているからです。それは自分の努力だけでなんとかなるものではありません。それに較べて「月10回以上更新」といった指標は「内的要因」であり、阻むのは基本的に自身に関する問題だけです。それすら出来ないと言われたたら「ハードルを下げたら?」「頑張れ!」となってしまいますが。

 頭の中には同時に複数の仮想的な自己が存在でき、物理的事実に応じて適者生存が行われます。10個の目標を立てて3個達成したら、その3個のみを「最初から立てていた自分」のみが生き残り、あとの組み合わせを考えていた自分は死にます。つまり可能世界においては適者生存をした1人に対して何人もの死体の山が生まれていくのです。これは、あくまで仮想世界の話であり物理的には誰も死んでいません。しかし、その時の悲しみや喪失感について無視してよいのかは別問題であると考えています。

複数あれば全体が障害になる可能性は減るが、1台だけ障害が発生する確率は高まる

 物理世界において複数のサーバーでクラスタ構成組んだ場合において単体のサーバーが壊れてもサービスは停止しませんが、サーバーが増えるごとに故障で呼び出される可能性はむしろ上がります。各サーバーが各々2%の確率で壊れるのであれば、4台のうちの1台が壊れる確率は「1 - 0.98^4 = 7.7%」まで上がります。台数が増えれば注意力も分散するのでもっと上がってしまうかもしれません。そして4台あるから悲しみが4分の1で済むかといえば、それは難しいのです。

 これは12人の妹のうちの1人を失った場合において、1人の妹を失った場合の悲しみの12分の1で済むのかという問題に敷衍できます。そして12人居るということは「誰かが死ぬ確率」は1人の時よりも3人の時よりも確実に上がってしまいます。この事について仮想世界なのだから無視できるかと言えばそんな事はありません。「本当はAさんの事が好きだけど、これ以上は迷惑だろうし・・・Bさんのが誘いやすいし・・・」と、「ありえた自分」を殺していくのは実際の機会費用以上の痛みを伴うものです。カノン問題ふたたび。

こころのリスク計量

 金融リスク計量の分野においてはLGD<ロス・ギブン・デフォルト>という概念があります。これはある債権が債務不履行<デフォルト>となった場合において、その債権に対してどの程度の損害が見込まれるかという事を表します。通常は担保や債権譲渡等で回収する前提の契約となるため、LGDは債権額の100%未満となるのですが、督促コストや裁判費用や風評被害等までを加味すると債権額の100%を超えてしまう可能性が多々あります。

 債権格付やブラックリストは「デフォルトする可能性が高い」だけでなく、「デフォルトした時の回収にコストが掛かる」の2つ属性分析から作成され、「期待損失額 = デフォルト対象金額 × デフォルト率 × デフォルト時損失率」を計量します。この期待損失額の積み上げは金融機関における国際的な自己資本率規制の新BIS規制における基礎値となります。

 また、これまでに書いてきた議論において、「不良債権感」という概念を出してきましたが、この不良債権が「デフォルト対象金額」と考えることが出来ます。そして、それは物理的な金銭だけで返済されるものではなく、最終的には「こころが満たせるか?」を問題としていました。つまり、先の計量の積み上げによって「こころのリスク計量」を考えることに応用できるのではないかと思い至ります。

「ありえた自分の死体」を強く認識するのは、他者がそうなっているのを見る時

 『他人の幸せに嫉妬する人は、幸せになれない。』の話はまさに、「ありえた自分の死体」を強く認識して怒りのような、悲しみのような感傷が表出してるものと考えられます。

ハラスメントだ!と騒ぐ人の論理

子育ての写真 → 子宝に恵まれない私へのハラスメントか!
ディナーの写真 → アレルギーに悩む私へのハラスメントか!
仕事の話題 → 就職に失敗した私へのハラスメントか!
デザインの話題 → 色弱の私へのハラスメントか!
車の写真 → 交通事故で後遺症を負った私へのハラスメントか!

 「期待損失額 = デフォルト対象金額 × デフォルト率 × デフォルト時損失率」であるわけですが、例えば婚活や自分磨きや不妊治療など、子供に対する債権感を強く抱いている場合において、既に結構な期待損失額が積み上がってしまうという現実がありつつ、それに加えて同窓会やFacebookなどで定期に写真を見せられたり、子供まだーみたいに言われる毎に再燃する性格であるほど、こころへの追加請求が「デフォルト時損失率」として掛かってきてしまいます。

 また「債権感」というのは別の側面があって、「普通」との差分によって発生している場合が多々あります。自身が本当に貸した(=自己投資した)かはさておいて、Aさんに出来た事が自分に出来ないのはオカシイという厄介な債権感です。そして別に貸してない金額を、貸したと思い込んで、それが返ってこないから不幸だと感じてしまうわけですね。

 この構造は『ネットの進化とともに増加する”繊細チンピラ”とは? - トゥギャッチ』にも見られます。もちろん、本当に苦しんでいる人がいるのも事実ですし、だから黙れという話ではありませんが、必要以上に自身を苦しめているなら、そもそも債権感を抱かない方が良い場合があると思われます『レ・ミゼラブル【完全版】』において銀の食器を盗んだジャン・ヴァルジャンに、ミリエル司教が 「食器は私が彼にあげた物だ」 と言います。そのような多少の優越をもって「それは、あげたものです」と「降りる」ことでデフォルト時損失の幽霊を封印するという選択肢があるということです。

自意識のポートフォリオ作成は慎重に

 目標をいくつも持って負荷分散した方が良いとは書きましたが、それが精神衛生にとって大きなリスクになってしまう場合もあります。賭金が無料ないし充分に少なければ失敗しても大きな問題はないとしてきましたが、デフォルト時損失率が高いと「ありえた自分の幽霊」が何度も復讐しにきてしまう可能性があるという事も考慮する必要があります。そして、すべてを満たす事などできないのだから、むしろ理想化自己対象として、満たされた者と関わることで自己愛が満たされるようなスキームに転換できないかを考える事も有効な戦略と思われます。

 先の例ですと、おそらく自身では子供を作ることが無いのだろうという形で確率収束していってますが、だからといって子供嫌いや嫉妬があるわけでもなく、甥っ子と遊んだり、子育て話を聞くだけで満たされている感覚もあります。「そんなのは偽物だ!」と指摘する事もできるのでしょうし、だから最初から諦めろって話ではありません。

 外的要因に対する結果を強く求めすぎていると、それが出来なかった時の自分の幽霊が強大化する場合もあるので、そんな時は「それは、あげたものです」という呪文を用意して債権放棄をしてしまう選択肢も用意しておいた方が良いかもっていう話です。そして「あげたとは思ってない自分」については、理想化自己対象やセルフ・ハンディキャッピングなどを用いて成仏させられないか。それこそが『「負ける」技術〜武器対等の原則、豊富な資源、死に方の自由 - 太陽がまぶしかったから』なのではないかと考えています。

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