太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

はてな村では「誰が言ったか」より「何を言ったか」とか言うけど嘘だよね。だからサードブロガーアワードでも、γブロガーアワードでも、+αブロガーアワードでも同時並行で勝手にやったらええねん

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photo by epSos.de

さらば、「はてな」よ。

 一連の流れを読みましたー。昨日は偶然『「ブログは傍らに立つ(Stand by me)ものであり、困難に立ち向かう(stand up to)ものである」などと言っているのが楽しい - 太陽がまぶしかったから』を書いていたのですが、中身としては似たような内容も入っているのにイマイチ話題の輪にはいってないし、そもそも殆ど読まれてないだろうしで、まだまだはてなブックマークによって注目量がコントロールされる現状があるんだにゃ〜って思いました。それは日常的に起こっていることで、別に珍しいことでもありません。

 自分の中ではかなりの自信作だった『老害が「害」と言われる本質は正しいフィードバックを受けられないまま固定観念を強めて他者に「呪い」をかけるから - 太陽がまぶしかったから』と『301 otsune Moved Permanently : 10年に一度の大型台風が来てたので、おもしろ全部で高速道路を走ったらスピンして自爆した - livedoor Blog(ブログ)』は同じ日にホッテントリに載っていて、ありがたいことに反応も上々でしたが、それでもブクマ数には差がついてくんだなーって経緯もあります。そう言われてみれば超必殺技を撃って「やったか・・・!?」って言ってる雑魚キャラの気分です

勝負してなくても、「負けた」と思う時があります。しいて「勝つ」を考えてみると、書くエントリ、書くエントリが全部トップエントリに入ったら「勝ち」な気もしますが…。


文字で伝えるには、ややこしい心のアレコレだったようにも思えます。『勝負してなくて』『一方的に』『「負けた」と感じました』。


さらば、「はてな」よ。 - 団劇スデメキルヤ伝外超さらば、「はてな」よ。 - 団劇スデメキルヤ伝外超

ネットは「誰が言ったか」より「何を言ったか」とか言うけど嘘だよね

 だから私も「さらば」という話でもないですし、総合的に力不足だったと思うしかないわけですが、言及先にもあるように「誰が言ったか」が重視される現状はあるのだと思います。『ネットでは「何を言ったか」よりも「どういう経緯で言ったか」 - 太陽がまぶしかったから』では「どういう経緯で言ったか?」を重視すると書いたはいえ、2000年代初頭から様々な騒動を経て徐々に太くなった経緯がある人と2010年になってからの細い経緯がある人では大きな差がありますし、簡単にはひっくり返りません。

 それは結局のところで「誰が言ったか?」と同じような話になっているのですが、それだけの歴史を紡げたという証明なのだとは思います。そしてブログという文脈においては「経緯が重要」という命題への具体例として正しく機能している事はむしろ頼もしくもありますし、その「誰?」には本名や現実世界の職業や学歴などを権威にしない人も多々含まれている分だけはフラットな世界観だとも考えています。そして別になんでも注目されるようなネットライフなんていらんよね?ともおもいます。

サードブロガーに、なりませんか。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。

 これに対し、id:inujin さんは「サードブロガー」という概念を提唱します。そして、その定義として「遅れてきた人」「勝たない人」「期待している人」を挙げます。これはこれでブコメの指摘にある通り、はてなブログ村特有の現象ではあると思います。

 私自身は、そこまで期待していないとは思いつつも近い感覚をもっており、『「みんなにウケるのに個性的であってはならない」というけど「みんな」って誰でしょうか? - 太陽がまぶしかったから』において、今更はじめるわけだし「あわよくばパワー」でちょっとだけ楽しかったり、交流に繋がったり、感想で考えを深めたり、お小遣いが増えるようになったら良いけど、できなくてもしょうがないよねってっていう「+αブロガー」を目指すと書きました。

 ブログ論が好きな事について、批判エントリを書かれることもありますが、実人生への寄与率を5%以下に設定している場合において、「だから失敗しても良い」「だからどうでもよい」「だから大袈裟に語ってみよう」は両立すると思うのです。それ自体が楽しいなら、読者なんて関係ありません。サードブロガー自体は「第三のブロガー」なのですが、どちらかといえば「サードプレイス」の方を連想しました。「家と仕事とブログ」というのが、行きつけのバーやスナックがない自分みたいな人間にとっては必要なのだろうと思います。行きつけのバーでの出来事もやっぱり人生の5%ぐらいしかないのでしょうが、だからこそ大袈裟に語りたくなるのも似ています。

地方のミス○○みたいな「アルファブロガー」という肩書き - あざなえるなわのごとし

 id:paradisecircus69 さんは「αブロガー」なんて、「2013年ミス ブロガー」「ベストブログニスト・ジャパン」「ゆるキャラ はてなクン」みたいに地域振興のために担いだものに過ぎないと書き、ももクロの話に続きます。私はやっぱり夏菜子が好きです。それで、どうせ神輿なんだからサードブロガーアワードでもやったらと提案します。

質が高くて埋もれてるブロガーも多い。


そーいう埋もれてる才能が発掘されるためにはいい事なのかもしれん。
「来たるべきサードブロガーアワード」
とか言って埋もれてるブログを宣伝したらどうかね。
その方が面白いことになるような気がする。
「ブロガーがオススメする埋もれてる(と思ってる)面白ブログ」とか投票制にするとかな。
各人出し合えばどうだろうね。
誰か音頭でもとって。


tokuriki氏がヒマそうなら振ってみたら? 笑


地方のミス○○みたいな「アルファブロガー」という肩書き - あざなえるなわのごとし地方のミス○○みたいな「アルファブロガー」という肩書き - あざなえるなわのごとし

 結局のところで、我々はコンテキストを作って、そのコンテキスト内でどうこうする事しかできないのかもしれません。それは別に悪いことではなくて承認欲求を満たすための手段を「希少な資源」から「潤沢な資源」に変える魔法でもあると思うのです。チームラボの猪子寿之さんの話がすごく印象に残っています。

「西洋の物質主義に対して、日本は情報主義的だと言い換えてもいい。たとえば「金」の扱い方を見ても、西洋だと「金」は貴重なものだから金塊のようなカタマリを重要視する物質主義だけど、日本だと薄くして金箔を貼る。マルコ・ポーロが「黄金の国ジパング」なんて言ってたけど、それは薄くして貼っているだけの詐欺でしょ。それって日本だと情報主義だから、キラキラした「金」という視覚情報をいかにみんなで共有しようか考えた結果なんじゃないのかな。
 そんな感じで、どんどん情報価値を増殖させていく。狩野永徳とかがさ、信長かなんかにピックアップされて超人気になるじゃん。そうするとさ、西洋のアートみたいに作家が芸術的な価値を宝石や貴金属みたいに独占することで値段を吊り上げていくんじゃなくて、狩野派の集団みたいに同質のものが描けるように人数増やして集団制作に入っていくでしょ。途中から「京都狩野」みたいなのも出てきてさ。葛飾北斎とか、江戸時代の浮世絵も同じ。これってAKBとかSKEが同じメソッドで増えていくのに似てるよね。
 物質は有限だから略奪しあわなきゃいけない。だからそっちじゃなくて、情報は無限だからどんどん複製できる情報的な価値でやっていこうと考えていたあたりが、今の情報社会と日本的なものがハンパなく相性いいと俺が思う理由だね。」


「PLANETS vol.8」に、チームラボ猪子の対談記事:MEDIA:チームラボ「PLANETS vol.8」に、チームラボ猪子の対談記事:MEDIA:チームラボ

 だからもうサードブロガーアワードでも、γブロガーアワードでも、+αブロガーアワードでも同時並行で勝手にやったらええねん。色々な部門賞を作って、うすーく伸ばした金箔を奪い合ってみんなで分け合おうぜ!なんて事を思ったりもするわけです。でもこれ卒業アルバムで良くわからんランキングに全員が載るように配慮するアレか。。。

ゆるキャラグランプリ公式ランキングブック 2012-2013 (扶桑社ムック)

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