太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

人生の伏線回収を意識して「最後の夜だから」と言ってきたけど、コミットメント型からベストエフォート型に切り替えたかったのかもしれない

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人生の伏線回収を意識する

 『人には殆んど無限の可能性があるが、それほど無限ではないのでゲームの特性を見極めたい - 太陽がまぶしかったから』や『「人生のネタバレ」に対する内部環境の下方硬直性を保つために「切断」と「抵抗」のどちらが必要なのだろう - 太陽がまぶしかったから』なんて事を書く事が増えましたが、それは人生における色々な伏線を回収していこうという思いがあるからなのかもしれません。

 スティーブ・ジョブズのいう「コネクティング・ドット」のように若いうちに経験した事が無駄になる事なんて何一つありませんが、32歳の現在から無駄になりそうな事を作っていっても、どうにもならない可能性のが高いというのも事実だと思われます。伏線を回収するには、回収するまでの期間が必要です。その期間が来るまえに寿命が来てしまう可能性というのは、今この瞬間でさえ、どんどん高まっています。

「最後の夜だから」と思う

 ここしばらく体調不良が続いたというもあって、そんな事を思う頻度が増えたように感じています。現在は小康状態まで安定してきたのですが、それでも「突然、穴を空けてしまうかもしれない自分」について意識しておく必要があるのだろうという不安があります。簡単に言うと自己信頼が低くなっているのです。それで、これまで続けてきた他者を巻き込む色々な事について、言葉は悪いのかもしれないけれど「売り逃げ」や「損切り」をしていきました。

  • 「この会合に参加させて頂くのも今回で最後になりました」
  • 「もう徹夜で詰めるなんて最後かもなぁ」
  • 「ちょっとしばらくは忙しくて・・・ごめん」

 そのたびに脳内はこんな感じになってる妄想戦士です。


MALICE MIZER - 月下の夜想曲. - YouTube

 別に最後の夜だからと熱く踊ったりもしないのだけど、引き継ぎをしたり、その時ぐらいはと客体優位で少し無理をしたりと相応の終わり方になるようには意識しました。これも伏線回収です。もちろん「綺麗に終わろう」なんて自己満足*1の部分も多々あります。

ひとり遊びの時間は増えた

 そうしたら今度はひとりの時間が想像以上に増えていきました。仕事については辞めたわけではないのですが、結果として緩くはなってきています。それで暇つぶしの方法を色々探しているなかで、ひとりで始められるような挑戦はむしろ増えているという事実に気づきました。

 この事について、今から思えば「コミットメント型」から「ベストエフォート型」にリソース配分を切り替えていこうという事だったのかもしれません。伏線回収が出来ない可能性があるなら、伏線を回収できなくてもよい人生にしようという無意識的な選択です。

コミットメントがつらたん

 コミットメントとは「ビジネス上の誓約」みたいな意味なのですが、この期日までに目標売上を絶対に超えるといった話や、この日時にこの場所でこの作業を完了させるといった事の全般をここでは指します。人と深く関わる時にはどうしても、約束事が増えていってしまいます。仕事だけでなく例えば勉強会や趣味サークルや男女関係でもそういった側面はあるでしょう。幸か不幸か過去の諸々から「この人には無茶を言っても大丈夫」といった幻想を持たれがちなところがありました。ヘッドハンティング的な話も未だよく来ます。なのに現在の自分は自己信頼すら危うい状態です。

 そんな状態で他者に期待を抱かせて、それを前提に色々な事が動いてしまう事に大きな心的負担を感じます。もちろん全面的な信頼をされているわけでもない事は分かっていますが、「あの頃の私は死にました」と言いたくなる事もあります。彼の伏線回収は終わったのです。俺は静かに暮らしたいだけなのに、ヤレヤレだぜ。

コミットメントからベストエフォートへ

 それが、『ちきりんに「人生は二回生きられる」と言われると、一回死んだ後の無敵時間を活用したくなる - 太陽がまぶしかったから』の話です。「おお、イケダよ! しんでしまうとはなさけない…。 そなたに もういちど きかいを あたえよう。 ふたたび このようなことが ないようにな。」

 死んだ後は結果としてベストエフォートを意識する事が増えたように思われます。ベストエフォートとは「最善努力」のことで、「(出来ないかもしれないけれど)出来る限りは頑張る」といったニュアンスになりがちであるため、ある程度のリミッターがあります。契約も成果物の対価ではなく時間給になる事が多いですし、伏線は短期間で回収されていきます。

 そもそも、「コミットメント」と言ったって物理的に出来ないものは出来ないし、不慮の事故やミスはどうしたって起こります。できなかったペナルティだって大抵はドライなものですし、会社や社会の全体で吸収するのが実際です。なので、ほとんどの事はベストエフォートに過ぎないのに、「絶対」と思い込んだり、言わされたりしているだけというのが実情です。なので、「出来もしない事を出来る」といって自爆している人を見下しているところもあるのですが、その一方では眩しくもあるんですよね。

職業的スタグフレーション

 それでもベストエフォート型を選んでいるというのはなぜかと考えると、責任に見合うだけの対価がわりにあわなくなってきていると思い込む事が増えたからなのだろうと思います。それは「責任」に感じる重圧が増えていることと、「対価」への喜びが減ってきている事の両輪です。『仕事は楽しいかね?』でいうところの「職業的スタグフレーション」ですね。

 絶対値としてそうなっているのも事実ですが、効用関数としてはもっと酷くなってしまっているようにも感じています。高々年収を数十万円増やされただけで、どんだけ苦労する必要があるんだよ!って事だったり、また同じような問題を解決してるだけだなって思ったり、なんかつまんなそうな顔してるなって思ったり。同じレベルの課題であっても体調や加齢や自分の意識の問題で苦労が増えてしまっているというのも前述のとおりです。「コスパが合わない」ってのはそうなのですが、それよりも「結構苦労したのに、全然感謝されてないや・・・」とか「プレゼントやディナーを用意するのだって結構大変だったのになー・・・」とか無意識的にでも思ってしまった自分に自己嫌悪を感じたりもしました。この程度の事に見返りを求めたくなっちゃうんだと*2

ゼロに小さなイチを足していく

 そんななか、堀江貴文さんの『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』のキャッチコピーはなんだか胸に響きました。まだ読めていないのですが。先にあるべき姿を決めて何が足りないのかを探し回るよりも、もう死んだんだからと小さなイチを足していきたいのです。どうせ期待なんてされないようなことで。伏線回収も気にしないで。「成長」だって、もっと難しい課題での伏線回収をしようと意識してしまえばつらたんです。伏線回収もまた債権感や債務感なのでしょう、仮に他人を巻き込む事になっても、それを前提にしたいなーって思っています。その結果として孤独死をするのであれば、それはそれでしょうね。インガオーホー。

ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく

*1:Google日本語入力が「じこ」の段階で「ジコマンコ」って変換するようになってる!?

*2:課金アイテム制度はこの辺のウエットさをなくしたいという意図です。