太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ツイキャス配信で「スナックはてな」のコンバージョン率が上がったのかも

http://www.flickr.com/photos/12609729@N07/3979575144

photo by Luminis Kanto

Twitcastingで配信してみた

 スナックはてなは本社ビルがある表参道にある説だとか、例のフィリピンパブがある登戸にあるだとかの説が提唱されているわけですが、ツイキャスで音声配信をしてみたら『TwitCasting - Stream Live Video on Twitter and Facebook』にあるのかもと思いました。

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 その前日に id:sho_yamane さんや id:meerkat00 さんが配信していて、「池田もやってみなよ」みたいな話が出たのもあってテスト配信をしてみようと思ってました。

 それで酔った勢いで配信してみたら、話がいいところで切れるってのが続いて、合計2.5時間配信し続けるという頭のオカシイことをしてしまいました。酔っぱらっていたという事もありますが、やはり「それが僕には楽しかったから」というのが実際ですね。長々と拙い放送をお聞きいただいて、ありがとうございました。

実はラジオをやりたかった

 実のところ、ラジオは結構やりたかったのです。ブログの更新を再開する前には『ニコニコ生放送』やPodcastなんかでラジオを作ろうという活動もやっていました。 でも、基本的にはルノアールに複数人で集まってだとか、Skypeで話したのを録音するって形だったので、一人喋りは難しいだろうと思っていました。

 実際に配信してみても、やっぱり難しかったです。コメントがない状態で話すのは無理がありました。我ながら気持ち悪い感じになっていましたね。デュフフ・コホー。聞きなれない自分の声の気持ち悪さと相まって、つらたん(><)

 でもコメントで話題があがったりすると、結構喋れました。普段は人の話を聞いていることが多くて、求められない限りは自発的に話さない所があるので、その状態は新鮮でした。聞き辛い内容だったとは思いますが。ラジオと言えば田中ロミオの『CROSS†CHANNEL 復刻版』を思いだします。声は聴こえど顔は見えないという距離感で異世界から交信する感覚です。

「コミュニケーション」と「番組」に分化していった配信文化とか

 テキストサイトの管理人同士がネットラジオでヾ(*´∀`*)ノキャッキャっていうのは10年前ぐらいに流行っていて、『ネットラジオサイト ねとらじ』なんかで放送されていました。この流れは掲示板などを用いたリアルタイムな「コミュニケーション」として配信するタイプと、録音編集を前提として「番組」として配信するタイプに分化します。

 前者は『ニコニコ生放送』『Ustream.tv: ライブ配信、番組の視聴、チャットをSocial Stream、TwitterやFacebookでお楽しみください』、後者はPodcastの仕組みとマッチして、それぞれが別のものとして広まっていきました。ピアキャスとかシャウトキャストとか色々な仕組みがありましたね。いまとなってはセットアップ不要でブラウザから即配信できるというのが本当に時代を感じます。

 自分としては『ブロガー対談イベントがあることだし厨二病なブロガー名刺やブロガーボールペンを作ってお店屋さんごっこをしてみる話 - 太陽がまぶしかったから』みたいな所もあって、どうせやるなら「番組」を作りたいって事を意識していたのですが、技術的にも労力的にも難しいなーっていうのが実感です。

 これに対して『TwitCasting - Stream Live Video on Twitter and Facebook』は比較的少人数な「コミュニケーション」に特化した仕組みです。トップページ掲載を拒否したり、合言葉認証を入れるとTwitterからのみの集客導線になるため、よほどの有名人でもない限り、10名前後のリスナーを相手に近い距離で話すっていう感じになるようです。自分の配信を聴いて頂いた方は、ほぼブロガーの方でしょうし、オフ会で話している感覚に近かったです。これはそのまま「コミュニケーション消費」と「コンテンツ消費」の対比にも繋がります。コンテンツ消費を試みるものの、結果的にコミュニケーション消費側に寄っていってしまうという所があるのかもしれません。

スナックはてな

 はてなやTwitter黎明期の頃のユーザーとは『交流イベントスペース あかね』なんかで話す事が多かったように思います。ネットに入り浸っても対した事は起きないという意識が強かったり、その一方でオフ会にあまり抵抗がないのは、その頃の感覚があるからなのかもしれません。

 私自身は基本的に「対談」がやりたい人間です。自分の事を自家中毒気味に独白し続けていてもループしてしまうので、互いの世界を時々は混交させたいという思いが強いのです。柄谷行人は「交通」という言葉を出していますが、心地よい交流へのあくなき探求というのがひとつの方向性としてあるのでしょう。・・・というか結構寂しい夜を過ごしてるにゃん。

 リアルなスナックやバーにいくにはちょっと疲れているし、ベタベタしたコミュニケーションも苦手だし、お金もセツヤクエストしたい。でも完全な孤独になる覚悟まではない。だからこそ文章を書いたりツイキャスをしたりってのはあるのかもしれません。サードプレイス願望ですね。

でもやっぱり文章も書きたい

 コミュニケーションに100%の舵を取れば、配信だけをしてれば良いのかもしれませんが、そもそも聴いてくださる人がいるのはブロガーとしての自分を知っているからでしょうし、ツイキャス配信だけをしていても駄サイクルになってしまうでしょう。

 ブログのアーカイブはスタンドになりえますが、ツイキャス配信のアーカイブをスタンドにするのは難しいです。毎回いちから説明しなきゃいけないし、一見さんに過去放送を聴いてもらうは苦痛でしょう。配信者としても新たな発見は難しいと思います。あれだけ話して「中谷彰宏名言集を作れば200ブクマはいく」「ペンギンは鳥綱」ぐらいの事しか得られませんでした。

 「そこで語られる内容そのものには本質的な意味が無い」という点においてはどれもこれも同じ地平ではあるのですが、それでも誰かへの誤配を期待して情報を圧縮したり、検索可能性を高めた文章として残しておく部分も作っておいた方が良いのだろうとは思います。

心地よい交流を求めて

 『必ず結果が出るブログ運営テクニック100 プロ・ブロガーが教える“俺メディア"の極意』ではブログのKGIを「仲間と収入」に定義しています。身も蓋もない事を言えば、そういう側面もあるのでしょう。いくらブクマやPVが増えても数字遊び以上の意味がないのです。あくまで現実に意味ある事へのコンバージョン率こそが重要ではあるのだろうと思います。コミュニケーションに限らず。

 声は聴こえど顔は見えないという状態はブログの文章から現実へのコンバージョン率を少し上げた解像度の高いコミュニケーションであると考えることもできます。そういう意味ではスナックはてなの「召喚」が半分終わった感じです。顔出しする気はありませんので、このぐらい実体化が心地よいのでしょう。

 そんなわけで、簡単に聴いたり、配信したり出来るのでツイキャスをやってみるのも良いのでないでしょうか。夜毎にネット上で文章を発信している誰かが店番をするスナックが開店するというのは面白い状況です。半非公開配信にすれば、公共圏を汚すとか面倒な事を言われる事もないでしょう。インタビューズも閉鎖しちゃいますし、簡単な質疑応答なんかは酔いながら配信するのがよいかもしれませんね。良い意味でログが残りにくいですし。

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