太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

初代ほぼ日手帳(2002年版)の説明書に感じる蓄積の重さ


実家に眠っていた化石

 『10年越しのほぼ日手帳を「買うた辞めた音頭」の末に買ってきた話 - 太陽がまぶしかったから』では「10年越し」のほぼ日手帳購入と書いていますが、正確には12年です。実家で机を片づけていたら偶然、初代ほぼ日手帳(2002年版)の説明書が出てきました。

 当時はアイコンバーとかあって、情報が結構ごちゃごちゃしてたんだなーってのが分かります。今の紙面はこんな感じで、ずいぶんとシンプルになりました。それでも月の満ち欠けはあるんですけれど。


蓄積の重さと微分的リニューアルの積分化

 もし継続して使い続けていたら13冊目の手帳になっていたんだなーと思うと感慨深いです。『ほぼ日手帳公式ガイドブック2014 ことしのわたしは、たのしい。』には既に前年度までの段階で手帳としては完成形にあって、あまり変える所がなかったみたいな話が載っていました。

 それでも、2002年版から2014年版を一気に見れば違うところは多々あって、少しづつリニューアルしていった蓄積として、今の形があるんだと思います。それは使う側も同じでしょう。その過程を取っておければ良かったのにっていう後悔はやっぱりあります。

 それが本当に役に立つのかどうかは分かりませんが、「私は昔からそうだった」といった自分すら騙した嘘を論拠に決断したって後悔する可能性のが高いわけです。30歳を超えたら確率収束を意識して、サスティナブルな選択を求められるのに。

 『ブログ更新二ヶ月病を見て「継続年月に応じて言う事が変わるからこそ書き続けたい」と思った - 太陽がまぶしかったから』の通り、経緯をちゃんと刻みたいというのはブログも手帳も同じです。とはいえ、「これまで出来ていなかった」のは、もう仕方がない事です。だから「これからは辞めない」ってのが重要なのだろうと思っています。

ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である

ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である