太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

普通の日記

photo by Magic Madzik

普通の日記

 普通の日記も書くことにした。「普通の日記が好き」だとか、「普通の日記も書きたい」と散々に言ってきたのに、なかなかできなかった。「隠居」というアングルまで用意したのにセツヤクエストが始まってしまって、どうにもスタイルを崩せなかった。

 承認やマネタイズに全く執着がなかったと言えば嘘になる。でもブログから得られる絶対値なんて大した事ないし、それのみを考えるならもっと効率の良いやり方がいくらでもある。交流をするならTwitterに戻ればよいし、承認が欲しければニコニコ生放送でもすればよい。お金を稼ぐならランディングページをまともにつくって高単価で高利益な商材のコンバージョン率を上げる方が簡単だ。それらは確かにリワードの一部分を担うだろうけれど、本当にそれらしか見てないなら、どうせ続かないから敢えて叩かなくてもそのうち適者生存が行われるだろう。

リアルをマシにすべき

 別にそういう話を書きたいわけじゃないのだが、読んでしまえば考えてしまう程度には呪縛を受けている。これは本当に不思議な話だ。ブログなんて人生の5%を左右する程度のことであるから、その中で20%という超改善を成し遂げたところで人生全体の1%しか寄与しない。そんな事より、日中の大半を過ごす仕事を3%でもマシにすべきだなんて事は存分に分かっているのだ。

 でも、それはここに書けることではない。守秘義務も身バレもある。仕事とネットを除いた私の生活は空虚だ。飲食と家事と読書とソーシャルゲームぐらいしかない。今日も、明日も、明後日もそれらのことを書き続ける事になるのだろう。

本題

 閑話休題。土曜日に予定がない金曜日の夜は貴重である。次の日にお腹の調子が少々悪かったり、二日酔いをしていても大丈夫だから。今夜はすた丼を食べた。にんにく醤油で味付けされた豚バラ肉のたっぷりのった丼。

 昔は食が細かったのだが、なぜか三十路を超えてからジャンクで大盛りな食物を食べられるようになった。ラーメン二郎、油そば、すた丼。慣れというのは恐ろしいもので、より油が、よりニンニクが、より塩っけがとなっていく。心の空白を埋めるための過剰さ。食べ慣れた味に新たな発見は少ない。しかし「貴重な金曜」に食べるもので失敗したくないから保守的な選択を行いつつ、徐々に過剰なアレンジがなされていく。できれば別のベクトルもあれば良いのだけど。

日記の魔力

日記の魔力