太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

インターネットから出せない虎は虎ではない

彩蒔絵本舗 京の彩蒔絵転写シール「二条城虎」  NIJO-03

インターネットから出せない虎

 「充電」を宣言した夜。宣言内にもある通り、文章を書くことを辞めるつもりはない。人に「辞めないほうがよい」と言った手前もあるし、殆どのことはトリヴィアルに過ぎない。「あの感じ」をしばらくはやめるという宣言を出す必要性については微妙だが、告知なしで習慣を止めるのも嫌だった。早起きして、朝のうちに10枚書いて10km走り続ける習慣なんて僕には難しかった。その「失敗」を宣言しないのは不誠実だ。

 昨夜のツイキャスは結果的にサシになった。一方が音声で、一方が文章で会話する奇妙な空間。それならSkypeで直接話せばよかったのに、あくまで「放送」というテイが必要なのかもしれない。ネットではしばしば短時間か、一対多形式の軽いコミュニケーションが同時多発的に起こる。それはそれで心地よいが、一対一を提案することを難しくする。

 給料日。今月は年末調整があるのでちょっと多い。8月からの話なので確定申告が必要な額ではなかったが、先月のペースが1年続けば必要にはなるのだろう。会社に勤めながらのそれは色々と面倒くさいという皮算用は杞憂に終わりそうなことへの安堵と寂寥。1年間も同じことを続けるのは難しいし、「面倒くさい」程度の額だ。

 そう、すべては「難しい」。大抵の「ゲーム」には明確なルールがあって、明確なルールには最善手と抜け道がセットになっている。しかし、最善手を選び続けるのは苦痛だし、大きなリワードも見込みにくい。「優しい止まり木」は優しすぎるが故に甘美な幻想を見せて「難しさ」を覆い隠してくれるけれど、だからこそ幻想から醒めれば荒涼とした現実が際立つ。

コンバージョンの難しさ

 僕は結局のところで「現実へのコンバージョン」の見込みが少ない事への興味が薄いのだろう。ネットは所詮ネットであり、その中だけで終わる出来事にあまり意味を感じない。「ブログは現実の5%程度の価値しかないと言いながらブログのイベントに出席してる」云々という批判は逆だ。

 賞賛であれ、罵倒であれ、数字であれインターネットに流れる文字列には殆ど期待していない――何も期待していないわけではないのだが――だからこそリアルな会合を重視している。仕事を重視している。アフィリエイトを重視している。そして自身への影響を最重要視している。

 屏風から出せない虎は虎ではないし、絵に描いた餅は餅ではない。それでも、虎の絵が巧く描ければお座敷に呼ばれることもあるし、餅の絵が巧く描ければ餅よりも高く買ってもらえることもある。そして想像や観察によって現実の意味づけを変えられる可能性があるし、耳を傾ければ自身を見直せるかもしれない。でも、だからこそ本物の虎を観たいし、餅を食べたいという欲望を殺すべきではない。「この道」がそれに続いているのかを考える時期が来たのだろう。

Eye of the Tiger - 2006 Master

Eye of the Tiger - 2006 Master