太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ほとんど無害

ほとんど無害 (河出文庫)

ほとんど無害

 帰り道に箱根そばを食べる。もう何杯目の年越し蕎麦だろう。箱根そばのそば粉の比率は20%でほとんど蕎麦ではないが、それでも甘い汁やサクサクした揚げ物が好きだ。出張先が変わったり、実家に戻れば敢えて食べにいくこともなくなる。近いうちに最後の箱根そばになるのだろう。

 「殆んど◯◯ない」というレトリックを使う事が多いが、これは「少し(≒5%)は◯◯である」という意味を内包している。『銀河ヒッチハイク・ガイド』における「地球」という項目について、当初は「無害」だったのが、様々な調査や事件を経て「ほとんど無害」に書き換わる。大抵の物事はそういうものだ。

 殆んど関係ないが、少しだけ関係するような事は数多い。特に公開ブログなんてものを書いていれば、それらの全部を気にしていたら心身が持たないと悟る。鈍感になっていくことは決してよいことだけではないのだが、鈍感にならなければ狂ってしまう。

寄与の実感

 かつて「中二病」について語るときに、「寄与の過大な実感」という定義を出した。自身のちょっとした行動が世界や社会に対して大きな影響を与えているという関係妄想。それを努力なしに裏付ける根拠として「機関」「前世」「才能(センス)」「人気」といったエビデンスが捏造され、「現実から逃避」する。

 その一方で「社二病」では一般的に逆になり、「寄与の過小な実感」という定義になる。すなわち、どんなに努力をしても大局を変える事はできないという宿命論のなかで「社会は厳しい」という、現実らしい「現実への逃避」をするという逆転が起こる。

 実際問題としては「殆んど寄与できない」が正しい。それは「少しは寄与できる」ことの裏返しである。人生は殆んど無益かつ殆んど無害な事象の積み重ねであり、他者や環境に対しても殆んど無益かつ殆んど無害な寄与が蓄積されていく。

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

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