太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ごっこ遊びが殺すもの

ごっこ・劇遊び・劇づくりの楽しさ (保育と子育て21)

はてな村ごっこ

 今夜ははてな村の古参会合に出席する。過去にリアルで顔を合せた人々が多いのだけど、僕自身が「はてな村民」として参加するのは珍しい。「リアルへのコンバージョン」なんて事を言うのは、はてなOB(現役含む)の呑み会に行ったり、ブロガーが店員をやってるバーに通ったり、ブロガーが集まって同人誌を作ったりする事にブログを書く前から参加していたという特殊な経緯ありきだとは思う。

 そこで「池田さんもブログ書きなよ」と言われ続けたから始めただけであって、当初は呑み会へのネタフリぐらいの意味合いしかなかった。はてな村の住人もブログより先にリアルで知ることのが多かったし、次の呑み会に参加するブロガーがいるからと読みはじめた事もあるし、懇親会での話題作りのために炎上気味のエントリを書いた事すらある。

 先にリアルの会合があって、そこでブログが――特にはてな村が――話題になる事が多かったというのが真相だ。オタク女子と仲良くなったのがキッカケで深夜アニメを観るようになったという話を書いたが、大抵の趣味はそんな感じだ。「自発的に心からやりたい事」なんて殆どない。

どうでもよい

 だから「ミッション」「人気になりたい」なんて事について本気で考える方が難しいし、いつしかアニメなんて見なくなったのと同程度の距離感である。それでいて、「どうせやるなら」と剰余を総動員できるから結果がついてきてしまう・・・というと嫌味か。

 『ログイン - はてな』について、絶対値が小さいし、動機が違うとはいえそういうところがある。でも、だからこそ「保守・維持」が苦手な事に対する周囲の反応変化に苦慮するし、「次こそ失敗するかもしれない」という不安にも苛まれる。こうやって誰を向いているわけでもない低空飛行を続けているのも諦めが悪いのだが、そろそろポートフォリオを安定させたいという思いもあって簡単には手放せない葛藤がある。

囲む側でいたい

 そんなスタンスであるから、未だに「◯◯さんを囲む会」の「囲む側」でいたいという意識が強く、自分を出す事があまりない。実態的には「参加者全員ブロガー」も珍しくないどころか、僕の名前が付いたトークイベントすら開いてもらったのだけど「観客」に留まろうとした。どうせなら限界まで「ごっこ遊び」をしようとも思ったが、そこを最後まで逸脱する事はできないアイロニーともセットになっている。

 はてな村も「ごっこ遊び」から始まって、今となっては簡単には手放せないものなのだろう。どんな経緯から始まったものであれ、それで語れる話題があって、集まれるというのは良いものである。そういう主張こそが「敵」扱いされる原因なのだろうけれど。