太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

はてな村会合を終えて、ある種の敗北宣言をする

今更だけどブログとか書くの糞ダルい - ←ズイショ→今更だけどブログとか書くの糞ダルい - ←ズイショ→

行ってきましたはてな村プチ集会 - novtanの日常行ってきましたはてな村プチ集会 - novtanの日常

ブロガーなのに「書けない部分」が面白いのって

 もう一昨日になってしまうが、はてな村の会合に参加してきた。そこで語られた内容については書けるような内容ではないが*1、非常に面白かった。私なんかが畏れ多いほど濃い人々とハイコンテクストな会話ができるというのは楽しい。ズイショさんもいぬじんさんと会ったとのこと。

 ここ数ヶ月でブロガーのトークイベントに登壇したり、いくつかのイベントに参加したのだけど、結局のところで「書けないような部分」が面白い。それは本来の「リアルに+α」というパラダイムからすれば自然であっても「ブロガー」としては「敗北宣言」をしているようなものだというジレンマがある。ブログは「祭りの準備」でありながら、最も広く公開されており、「祭り」は極少人数で行われるに過ぎない。

公開範囲・・・ブログ >>> 公開イベント >>> (イベント後の)懇親会
主観的な面白さ・・・(イベント後の)懇親会 >>> 公開イベント >>> ブログ

公開範囲が小さいからの面白さ

 これは書籍や有料メルマガなどでも同じだろう。「引きこもるためにブログを書いている」という話をしてきたが、「やっぱり無理だった」が今のところの結論になってしまっている。ただし、「1回の呑み会をより面白くできる可能性」「機会が少ないからこそ面白い」という方向性に切り替わったのは良かった。身も蓋もない事を言えば、本質的な話に至るまでの費用対効果が高い。

 半年ほど前まで週1以上のペースで呑み会があったが、それはそれで辛くなっていった。お金も掛かるし、心身だって摩耗するし、本を読む時間も取れない。そんな中で仕事が忙しくなったり、体調を崩したこともあって、しばらく休んでいた中で本格的に始めたのがブログやTwitterだった。

 だからこそ「呑み会なんてなくても交流できるじゃん」を重視していた所がありつつ、実際には寂寥感が募っていった。「目立つ」とは敵を作るという事でもあり、利用されやすいという事でもある。何気ない行動が相手に悪影響を及ぼす可能性が出てくる事もあるし、酔った時に書いた事が晒される事もあれば、Facebookに不愉快な人物評を書かれてTumblrで回されることもある。もちろん、楽しいコトやありがたいことも沢山あるのだけど。

孤独のブログを考えよう

 結局のところで、不特定多数とのコミュニケーションなど不可能であるし、そういう事が続けば「単なる文字列に過ぎない」という鈍感力ばかりが強くなっていく。賞賛も罵倒も価値ある批判も一律に心に響いてこない事に危機感を覚える。それを認めた上で、どう振る舞うかという話ではあるのだが、そういうのがそもそもダルい。

 もう少し「孤独のブログ」を考えた方がよいのかもしれない。「リアルありき」であるからこそ、足あと的コミュニケーションすらなくても寂しくないという地平。ブロゴスフィアに対して望むこととはズレてしまうのかもしれないけれど。

ウェブはバカと暇人のもの?現場からのネット敗北宣言? (光文社新書)

ウェブはバカと暇人のもの?現場からのネット敗北宣言? (光文社新書)

*1:朝に書いたエントリは基本的に既知の主張の再まとめ