太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ほぼ日手帳の「今日のお言葉」から思ったことを書いていく

手帳への返信を書いていく

 年が明けたらやろうという事については、いくつかあるのですが、そのひとつは『10年越しのほぼ日手帳を「買うた辞めた音頭」の末に買ってきた話 - 太陽がまぶしかったから』をしてきたのだから『ほぼ日手帳』の「今日のお言葉」から連想した事を毎日書いていこうという事です。ありがたい事にTwitterの公式カウント(@)でツイートされていきますので、そちらを引用する方針とします。

 『ほぼ日手帳』を使う前からも仕事をしている日にしか手帳に書き込まないところがありました。基本的には仕事に関する事や食事や出費などについて書いているので、家からでなければ使いません*1

 でも、色々な所に書いてしまうのはよくないという事もここ数年で痛感しました。Twitterを使う量を減らしているのもフロー情報や軽いコミュニケーションに疲れたというのもあるのですが、「ログの散逸」についても考慮した結果です。どうせ公開できるような事しか書けなくなってしまったのですし、ブログに集約してしまった方が検索をしたり、関連情報も取り出せるので楽だと考えています。書けない事は、『ほぼ日手帳』へ。

 そんな事を言いつつも、実のところ12/28辺りから『ほぼ白紙手帳』になっていました。帰省するとやっぱり使わなくなる。「せめて何を食べてたかぐらいは書いていればよかった」と思い、埋めていきました。

記憶と記録と経験

 昔は記憶力が良いというか、あまりに物事を忘れない事について気持ち悪がられた事もあるのですが、最近は1週間前ぐらいの食事になるともう辿れなくなります。そう考えると身体に悪いけど美味しいものを3回以上食べる必然性が疑問になっていく事もあります。「複数回経験した事」については時系列や回数を混同してしまう事があって、「1週前に何を食べたか」が「現在の自分」にとっては可換性を持ってしまうのです。ましてや食べ慣れた菓子や酒などであれば「あっても、なくても現在の心境には関係なかったのではないか」という話にもなります。お前はいままで食べたポテトチップスの枚数を覚えているのか?

 それはそれで良かったのではないかと思いつつも、「未来の自分」に物語を渡すという習慣付けをしたいと思います。「お言葉」としては白紙があっても良いという趣旨ですが、ブログに書くために手帳を開く習慣付けができれば、そちらにもなんか書いておこうと思うでしょう。そこは相互監視社会です。そんなわけで、『ほぼ日手帳』の「ほんとうの完成」のための作業は始まったばかりだぜ。

たった一度の人生を記録しなさい  自分を整理・再発見するライフログ入門

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*1:はてなブログのMarkdown記法で「続きを読む」をするには「\」とする。