太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ハムスターが駆け抜けていく円環の理の運動量

巴マミの平凡な日常 (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

他人の感覚をトレースして感動を作り出す

 いつも通りの平日。特に際立ったことはない。正月太りを感じるので踏み台昇降運動をしながら読書。普段から運動をすればよいのだけど、とりえあえずMacを開いてしまっていた。読んでいるのはSkype読書会の課題図書になっている『車輪の下で (光文社古典新訳文庫)』。なかなか進まない。

 小説の書評や感想文を書くことが殆どない。恐らく文意としての読解はできているのだろうと思うが、情念を理解するための回路が欠けてしまっている。この感覚の延長で「感動」するんだなってのは理解できるし、これを皆は「面白い」とか「教訓」と思うのだろうという感想が先にくる。だから、これを書けばウケるという部分はそれなりには理解していて、その手の賞に選ばれた事もある。

 でも、それは他人の感覚をトレースしているに過ぎないし、すごく気持ち悪くなる事がある。この感覚は色々なところに影を落としていて、「僕の回答」と「客観的な回答」はズレていると明白に理解しながら、「僕の回答でも良い」と認めてもらう道を探して、その都度挫折する。甘えるな。調子に乗るな。もったいない。お前はそれだけやってれば良い。そのうえで「客観的な回答」だと信じていたことすら、絶対に正しいわけでもない事は分かっている。

ハムスターが駆け抜けていく円環の理の運動量

 「個人の日記」騒動もそうなのだけど、人々は他人の行うあらゆることに「価値」を求め過ぎなのではないか。書き手はいつから読み手の奴隷になったのだろう。

 この言葉自体は良い言葉なのだろうけども、天邪鬼な僕は、面白くもなく、意味もなく、夢中にもなれず、エンパワーメントもされない蕩尽活動に従事したい。蓄積は蕩尽されるためにある。統制は破壊されるためにある。強固にするのは蕩尽の快感を高めるための儀式にすぎない。

「何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとない」
「あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

 水を張った洗面器に顔をつけ続ける事なんてできないように「正しい方の答え」は鎌首をもたげてくる。それでも、ただただ情念に突き動かされる事を願いながら、実際にはそれが起こらないという安堵と諦観。物理現象を起こさないポトラッチの夜。

 「太陽がまぶしかったから」と言いたかったの僕だ・・・と書いておけばよいかと半ば醒めた昏睡状態の僕は本を閉じて日本酒を煽る。これで踏み台昇降で消費されたカロリーはプラマイゼロ。ハムスターが駆け抜けていく円環の理の運動量。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとない。意味なんて考えちゃいけない。意味なんて考えちゃいけない。意味なんて考えちゃいけない。意味に囚われた僕はアイロニカルなダンスを踊る。

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)