太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

手続き記憶としてのゲーム体験

photo by Si-MOCs

実家への引っ越しに向けて粗大ごみを出す

 実家への引っ越しに向けて粗大ごみを出していかないといけないのだけど、生活は続くので難しい。本棚が1本1000円、テーブルが1000円と費用も嵩む。思えば家電や家具はほぼ10年間か。壊れ始めるのも無理がないし、傷なんかも目立ってきている。

 プリンターは要らないとか、空気清浄機はどうするよとか。実家の部屋に持っていくには無駄や重複が多すぎる。これは仮にシェアハウスなんかに住もうって時も起こるのだろうね。マンスリーマンションとかの家具付きプランって案外有効だったのかもなんて。

手続き記憶としてのゲーム体験

 勝間和代のメールマガジンにも意味記憶と手続き記憶について書かれていた。勝間和代自身もプロ雀士になったり、黒猫ウィズのヘビーユーザーという顔を持っている。

手続き記憶は、長期記憶の一種ですが、時間をかけて刺激パターンを理解し、応答システムが無意識でも使えるようになって、一定の結果を表すことができるようになったスキル、のことです。その対語には「意味記憶」があります。知識に近いものですね。

 いわゆる「身体が覚えている」というやつだ。この「手続き記憶」というのはあまり忘れなくて、それこそ10年経っても再現できることがある。ただし、戻ってくるまでは多少にタイムラグがあって、この失われた技能を取り戻す際に発生する瞬間的な成長力はある種の全能感を掻き立てる。特にシューティングゲーム等で、コレコレってのを取り戻した瞬間には独特の高揚感がある。

 あまり身体性万能論みたいな事を言うのはアレなのだけど、頭の中だけで考える事が多すぎると、意外に定着してなくて、入れ続けないと保てない所があるんじゃないかとも思っている。エネルギーを恒常的に必要としてしまうような仕組みというのは効率化の伸びしろが少ない。

手続き記憶のプログラム化

 もっとも手続き記憶というのはプログラム化する事も出来てたりして、例えば最新の炊飯器では職人の釜炊きのプロセスを再現するようにマイコン制御していたりする。逆に意味記憶は検索すれば良いと言いつつ、単語の精確な綴りが分かってないと案外検索出来なかったりする。

 ただまぁ、どうしたって物理的な体験の量ってのは決まってきてしまうところがあって、そこに入り込めるゲームってのは当人にとって「刺さる」ものなのだろう。

120の腕前なのに80台で回る 勝間和代の頭だけで100を切るゴルフ

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