太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「え、なんだって?」と主人公型突発性難聴を患う

photo by shareski

人格じゃなくて文章への批判をしましょう

 増田やTwitterや2chなどで的はずれな人格否定とかされてるなーってときもあったけれど、それは仕方ないと思っている。後から謝られたことも何度かあるのだけど、「どれのことだろう?」ってなる場合のが多い。それはそれで「右から来たものを左に受け流しすぎだろ」って話ではある。

 ちなみに僕がそれなりにイライラしたのは僕自身の主張と真逆に近い話が何のソースを提示せずに「池田仮名の主張」として捏造された時と、あまり関係のない発言に対して勝手に補足を入れて「○○さんに文句を言ってた」という構図に編集してその本人に伝えた時。

 どれを読んでそう思ったのかというソースが提示されていれば、こちらとしても素直に表現が拙かったのだろうと思えるし、挽回のチャンスもあるけれど、それを潰して嘘話を流布されるのは単純に超迷惑だしルール違反なので、こちらも開示請求と削除依頼という場外乱闘で終わらせる。

主人公型突発性難聴を患う

 そうは言っても、いちいち気にしても仕方がないし、最近はエゴサーチもしていない。以前までは反応が多すぎて把握できないって感じだったのだけど、現在は単純に時間が掛けられない感じ。自分の事でさえそんななので、僕と関係ない話についてはもっと把握していない。気が向いた時に眺めている事も時々はあるのだけどね。

 『僕は友達が少ない (MF文庫J)』において、主人公がヒロインのひとりに告白された時に「え、なんだって?」と答えて逃げるという事をやらかして「ちょおーー!」ってなってたのだけど、ここで「告白されたから」という理由だけでコミットをしたら、他の人はどうなるのだろうかとか、今後の気まずさという葛藤の末であった。

 もちろんそこまでの状況になったのであれば向き合うべきなのだけど、その一方であらゆることに対する態度設定を都度明らかにしていく必要もないと思う。中途半端にしか把握していない事や、証拠がないことに対して一方からの意見だけを鵜呑みして行動はできない。そもそも、そこまで興味がない事に対してまで「選択」をしてポジショントークをする必要があるのだろうか。何度も言う通り、『ボーイズ・オン・ザ・ラン 1 (ビッグコミックス)』は名作である。

人の時間を使うということは、その人のいのちを奪っている

 そういうわけで、人の時間を使うということは、その人のいのちを奪っているという意識を持って欲しいところではある。例えば政治であれば、選挙に行ったり自分の考えをまとめるまでが大事であって、そこから先の事について慰撫以上の効果を求められても困る。本当に意識が高いなら、こんな所でクダを巻いてるのは悪手だよね。

 別に僕の事を否定するのは勝手だけど、互いにいのちを削ってまですることなのかなーってのは思う。年が明けてからは全然読んでないので、まだなんかやってれば、僕の意識しない所で勝手に誰かのいのちを削り続けるスタンドが発動しているわけで、それはちょっと愉快かも。文章そのものへの直接的な批判は大分取り込んでたはずなんだけどね。そんなわけでエアリプライや「池田仮名」だけ書かれても取りこぼしちゃう可能性が高いので、できればIDコール付きで感想をブログで貰えると喜びます。顕名で言及通知までされれば「え、なんだって?」とは言わないので。多分。

僕は友達が少ない (MF文庫J)

僕は友達が少ない (MF文庫J)

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