太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

永続性と認知資源を考えると「テレビ出演はストック型」「書籍出版はフロー型」になる

photo by Lubs Mary.

テレビ出演はストック型で書籍出版はフロー型

 勝間和代が『勝間和代 無料メルマガバックナンバー 5/19-5/25-勝間和代オフィシャルサイト|Kazuyo Katsuma Official Site』のメルマガで、知名度や仕事の性質という観点では「テレビ出演はストック型」「書籍出版はフロー型」という一見逆説的とも思える指摘をしていた。

 ここでいう「ストック型」とは「今後の仕事を有利にするための一過性で終わりにくいスコアを得やすい」というような意味で使う。ストック型の仕事を続けるほど一般的には代替不可能性を確保しやすくなる。

 確かに二度、三度テレビに出ているだけでも後は色々な機会で声を掛けられたり、別の仕事に繋がる可能性が増えるというのは分かる気がする。逆に書籍出版については出版点数が多いし、著者が全面に出るわけでもないから意外に一過性で終わることのが多いのだろう。そう考えるとこの指摘は正しいようにも感じる。

物理存在として残ることよりも記憶に残ることが重要

 つまり書籍という物理存在として半永続的に残ったところで到達確率は一定であり、短時間の露出であっても多くの人に鮮烈に記憶されたり、人間関係が作れたり、分かりやすい実績として残る方がむしろ「ストック」であるということだと読み解いた。

 メディアには認知軸と永続性軸があるが、現代社会では認知資源の奪い合いの方が劇化しており、逆に媒体の永続性という観点ではインターネットを始めとして手軽に確保できるようになったため、「認知資源を獲得できたか?」がそのままストックに影響するようになったというわけだ。テレビについては、様々な人が習慣的に限られたチャネルを観てるから「同時接続数」の桁が違う。

単著もないのに

 もちろん、これは一種のグラデーション理論であって、出版もテレビ出演もない人よりは、出版をしている人の方が「ストック」的な側面を持つ。そうは言っても例えばある程度の人気ブロガーやネット小説家が商業出版をする事は珍しくなくなったし、それで何かが大幅に変わったなんて事もないという話も聞く。

 ある程度の拡散性があれば話は別だろうが、それもあくまで認知資源の話だ。ちきりんさんなんかは『「Chikirinの日記」の育て方』において書籍化によって認知が拡大して仕事に繋がるようになったと書いている。逆に既存ファンばかりが手に取るような形の書籍はマネタイズにはなるかもしれないけれどストックとしては脆弱なところがある。

媒体ごとのストックスコア的性質

 テレビの性質に永続性を加えた媒体としては映画や繰り返し参照されるようなドキュメンタリーなどがあるのかもしれないが、それはそれで敷居が高いのでマスの効果は期待しづらい。そうはいっても、永続性があれば10年後の人が観る可能性があるわけでと考えていくと、これはこれで「認知資源を獲得できる期待値」の話にもなっている。

 ただし時間が経てば到達可能が下がるし、閲覧者の頭の中でタイムリーにヒットしなければ認知深度が低くて、すぐに忘れさられてしまう側面もあるので陳腐化は避けられない。時間軸と認知の関係で表すと下図のようになる。緑がテレビで赤が書籍と考えた場合に、面積の大きさで考えるとテレビのが大きくなり、この面積がそのまま「ストック」になるという事だ。

 以上から考えると「今後の仕事を有利にするための一過性で終わりにくいスコア」という観点で「ストックスコア」のような物を定義した場合において媒体ごとの永続性そのものはそこまで大きく寄与しなくて、「認知範囲 × 平均認知深度」という形でシンプルに表せる。

一定期間に資源を集中する戦略

 このスタンスで考えると、一定期間に資源を集中して広範囲の認知資源を何度か獲得しておくという戦略はある意味では有効となる。単純に「細く長く」やっていても認知資源の獲得期待値が少ない限りはストックスコアが貯まりにくい。それを貯めてどうするのか?というのはまた別の問題となるのだけど。

 例えば「ブログはストック型のメディアでー」って話は定義の違いもあるのだろうけれど、そんな単純な話ではないように思う。媒体としては永続的である事は前提としながらも、適切に認知資源を獲得できるかであったり、その認知は(時間が経っても)ポジティブなものなのかといった観点も必要になるだろう。

永続性と認知資源

 そんなわけで「ストック」には永続性よりも認知資源の獲得が大きく寄与するので、「テレビ出演はストック型」「書籍出版はフロー型」になるという事だ。このバランスはあくまで現在環境において一定の地位にある人に限って成立しているところではあるのだけど、『2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)』なんてことはないよねって話ではある。

 検索される言葉もテレビ放送に影響されることが多いし、Twitterなどでもテレビの実況なんてのはよくある。そういった意味でも、まだまだテレビは強いのだろう。僕自身はテレビを持っていないのだけどあんまり世間とズレちゃうのもどうかなーって思う事もある。

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