太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

人の気持ちが分からんマンとしての消極戦略は結構穴がある

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

人の気持ちが読めたつもりになっているのがあぶない

 過去に人の気持ちを間違って察してたことについて対応していて、だけど相手は善意でやってるのが分かるから違うと言えなくて、実は不満が溜まっていったみたいな事案があって、人の気持ちが読めたようなつもりになっても意図的に無視するようになったところはある。そもそもハラスメントは一方的にコミュニケーションが成立したと思い込むことによって成されるわけで、コミュニケーションなんて成立していない前提で考える方が安全である。

消極戦略は察してちゃんに対応するのが難しい

 だから裏を読んで過剰に動くことは期待しないで欲しいという事はわりと言う。もちろん明確に言語化できなかったり、言いたくないって事もあるのだろうけれども、それであれば「何であの時に察してくれなかったの?」を急激に後出ししてくるのはナシだと思うし、ましてや悪意で無視していたかのように糾弾されるのは困る。困るけど、その気持も分かる……分からない。

 別に具体的な何かがあったわけじゃないのだけど、人の気持ちが分からんマンとしての消極戦略は消極戦略で結構穴がある。単純なゲーム理論の話ではあるのだけど、間違ったコミットに対する正直なフィードバックが前提にないという状況はやだなー、怖いなーと消極戦略を選ばざるをえない状態に陥らせつつ、消極戦略は消極戦略で非難するというダブルバインドをやられると無理ゲーやね。そういう全能性を他人に求めちゃうのが心のブスよ〜。なんか言いたいことがまとまってないけど正しく察してください(最低だ)

全体からみたら繰り返しだけど当事者を個々にみたらレア

 家族の写真というものは不思議なもので、本質的な部分が凡庸であるからこそ良いところがあって、リフレインじゃないものは逆説的にあまり魅力を感じないところがある。当事者に取ってはレアだけど、全体からみたらコモンという存在。だからこそ写真に撮らないと細部は忘れてしまう。

 これって日記もそうで、全体からみたら繰り返しなんだけど、当事者を個々にみたらレアという事は沢山ある。そういう時に全体の方を見てしまうと細部が塗りつぶされてしまって消えてしまう。別にその細部に宿った差異に客観的な価値があるわけでもないのだろうけれど、主観的に大切なものを抱えていかないと人は消えてしまうのではないか。

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