太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

桜の木の下には「ありえた自分の死体」が埋まっている

桜の木の下

移動時間に消耗している金曜日

 金曜日。一日の大半を移動時間に費やした。日中の電車移動は少しは本が読めるから良いのだけど、何をやってるのか分からなくなってくる。何も生み出していないけど、何かのコストだけは掛かっている。

 これまでは業務時間外に長時間かけて移動したり、休日深夜も電話がかかってきたり、自己負担で引っ越さなきゃいけなかったのが理不尽だったのだけど今更の話でもある。地価の安い僻地にハコを作るのは、誰かの負担を搾取する事で成立している。

桜の木の下には「ありえた自分の死体」が埋まっている

 どのくらいの因果関係なのかは分からないけれど、桜の木の下には「ありえた自分の死体」が埋まっているのだと感じる事もある。もちろん、他の選択肢を選んでいたら他の困難があったのだろうし、埋められていたのは僕なのかもしれないけれど。

 何かを成し遂げるには「権限」「能力」「動機」が必要であると書いたのだけど、「動機」の問題は非常に大きい。例えば爆弾テロ自体は比較的簡単に出来てしまうわけで、如何にそうしたいとは思わせないかという教育や宗教や福祉などが重要になってくる側面がある。

 逆もあって、どんなに条件が揃っていても、「その気」がないなら成し遂げられないし、「その気」を作るのは外形的なテクニックよりも難しい。それは、もちろん必要条件であって十分条件ではないのだけど、大抵のことは試みることすらなされずに朽ちていく。

桜の樹の下には

桜の樹の下には

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