太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

パン屋初襲撃中に考えた「お洒落は労働なのか」問題

photo by THE Holy Hand Grenade!

オシャレサブカルクソ野郎

 今日は飲み会である。『特別オシャレ強化予算法案を強行採決した日 - 太陽がまぶしかったから』のチェックポイントとして、精一杯のオシャレをして男しか参加しないと分かってる飲み会に向かうのは、如何にもホモ・ソーシャルで嫌いじゃない。

 ファッションにとって、モテやコミュニケーションは副次効果であって、自分の気分を高揚させるためのものなのだというパフォーティブ・アクション。今回は漢の闘いの要素も少しある。

まあ、俺の事なんですけど、やっぱり新しい服はいつ着ても気分が良い。特にそれがスーツだと。さらにそのスーツがオーダーでそこそこのものだったりすると、それを身にまとった瞬間から違う気分にならざるを得ない。2月末くらいにオーダーで作ったんだけれど、(俺の給料にしては)高いモノだった。着心地も素晴らしいし、見た目も素晴らしい。客観的に見て、自分で言うのもなんだけれど「仕事ができる」っぽく見える。んで、見かけ倒しなだけじゃ、自分で嫌になるので、その格好にふさわしいような振る舞いをしようと心掛けるので、いつもより集中して仕事をしたり、積極的に動こうという気分になる。

 id:xKxAxKx さんの『スーツを新調しただけで仕事のやる気を出す単純バカ - K Diary』を読んでも思ったのだけど、第三者からすれば「スーツの襟のこの部分がね」なんてのはあんまり理解してもらえないし、別に絶対値として恰好良くなっているわけでもない。

 それでも自分の気分が盛り上がるのが一番であり、ファッションにはその効果が確かにあるのだ。「毎日を丁寧に暮らす」と言えば、(笑)とされがちだけど、自分の気持ち至上主義としては合理的である。

パン屋初襲撃

 フル装備をして初襲撃するのは近所のパン屋。わりとお洒落な雰囲気のパン屋なのだけど、3年以上も近所に暮らして入ったことがない。『パン屋再襲撃 (文春文庫)』を春樹と龍のどちらが書いたのかが分からなくなる病気に僕はかかっていて、このパン屋の前を通り過ぎるたびに入れ替わるのではないかと疑っていたのだ。

 店に入るとバターの香りが鼻をくすぐる。天然酵母や自家製クリームを使ったパンでどれも美味しそう。値段も意外にリーズナブルで、妙齢の女性がひっきりなしにきていた。彼女達になるべく魅力的に話しかけて、そのパンを公園で一緒に食べる約束ができたら、それは労働なのだろうか。

でもワグナーを聴くことは労働ではない

 『パン屋再襲撃 (文春文庫)』の前日譚である『パン屋を襲う』において、「パン屋に強盗に入ったらワグナーを聞かれされて、代わりにパンを貰った話」が実際に書かれていたと最近になってから知った。

「それはどう考えても犯罪と呼べる代物じゃなかった。それはいわば交換だったんだ。我々はワグナーを聴き、そのかわりにパンを手にいれたわけだからね。法律的に見れば商取引のようなものさ」
「でもワグナーを聴くことは労働ではない」と妻は言った。
「そのとおり」と僕は言った。

パン屋再襲撃 (文春文庫)

パン屋再襲撃 (文春文庫)

 「女子は化粧やスタイリングにコストがかかっているのだから、デート代は男が出すべき」という警句がある。一理あるし、やぶさかでもない。ただ、その時に思い出すのは「でもワグナーを聴くことは労働ではない」という言葉だ。

 「あなたへの労働」としてお洒落をしたり、パンを一緒に食べたのだと表現されると、嬉しいのかどうかよくわからなくなってくるし、その魅力は商取引なのだと思えた瞬間にヒビが入ってしまう。ラカンは相談者や患者に必要以上の好意を抱かれないように必ず対価を求めたというのだけど、それをしてしまうようなものだ。もちろん意図的にそうする事もあるのだろうけれど。

 外形的には同じであっても、せめて意味付けの上では商取引ではないという幻想を求めたくもなる。愛は労働ではない。なんて事を商取引として手に入れたパンを頬張りながら考えた。このパンは美味しかったけどね。

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

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