太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ぼっちは経済的だけど、一時的にでも孤独ではありたくないと思う時に不経済的となる

ぼっちは経済的

 実家に戻ってから解脱状態にあるからか、あまりお金を使わなくなった。昼食・飲み会・本・音楽ぐらい。昼食は『糖質制限ダイエットのためにローソンのブランパン(実りベーカリー)で鶏皮ぎょうざロールを作った - 太陽がまぶしかったから』な感じで基本的に400円程度。本は電子書籍になって安くなったし、音楽も月に1回ぐらいで充分。飲み会も5月は多かったけど、それで体調を崩しちゃったし、さっと帰る感じにすればそこまで掛からなくなるだろう。

 もちろん実家にお金を入れているので、単純に貯金が増えるとかはないんだけど、これまで払っていた家賃・光熱費・食費などを考えれば少ないし、家にお金が残るのが気分的にマシだ。家事の範囲も少なくなったので随分と楽をさせてもらっているわけだし。マイルドヤンキー的な思考になってるのかと言えばそんな事もないのだけど、近い感覚ではある。東京生まれの東京育ちで東京から出ることが殆んどないという意味では地元Loverと言えなくもない。

孤独になりたくない

 『ぼっちは経済的 - はてな匿名ダイアリー』の話は一面では理解できるのだけど違和感も大きい。僕が大金を使う時を考えると、孤独感を抱いたまま家に帰りたくない時とか、コンパとか初デートみたいに一時的にでも「孤独ではなくなりたい」と思う時の運動量に使われる事が多い。つまり「誰かとのコミュニケーションを買う」という段階が無意識的であれの発生している時に高く付く。だから僕の場合は孤独を完全に受け入れてしまえばお金はかからないし、逆に孤独でなくなればお金がかからないのだと思う。

 でも前者の領域に幸福な状態で居続けられる人は一部の強者に限られるのではないかとも思う。僕自身も孤独に強いのかと言われると微妙なところではある。自分の時間が何より大切だし、すぐに面倒になってしまうのだけど、人並みにフルスタックな欲求もあるから、満たされない状態を我慢し続けるのはつらぽよである。結果として心を壊したり、隙を生むであろう事にコミットする気はない。だから、その手段がお金であれ、自身の認識であれ、人間関係の中で生まれるものであれ、僕としては対応をしていきたいとも思う。

自分を絶対的な基準にはできない

 これは一面では真実なんだけど、自分の感情を動かすものを世界全体のそれとイコールに考えるのは危険な事もある。自身の実感を敷衍する時に抜け落ちる部分を捨てて最適化されたものを押し付ければ生きづらさが増していく。

 ここで面倒なのが押し付ける側に、仕事上の客や上司であったり、友情や同情や愛情みたいな感情を抱いているときで、自身に孤独感があったり、代替の母数が少ない事によって出来る隙が大きくなるほど、無理に受け入れる範囲が増えてしまう。そして誤ったままに受け入れてしまったからこそ「終わりの始まり」となる場合もあるのだろう。

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