太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

このまま縮んで蠱毒を受け入れたい

photo by matley0

身体が縮んだ

 微妙にダイエットをしていたのだけど、身体がスッキリしてきてスーツのズボンがぶかぶかになってきた。握りこぶしをふたつ入れても余裕がある。もちろん糖質制限のみではなくて、ラーメンを食べないとか間食をしないとかの影響も大きいのだろうと思う。なんにせよ着れなくなっていた細身のスーツが着れるようになるのは嬉しい。もはや自己満足の世界だとは思うけれど。

 狭い日本では身体が比較的小さくてよかったと思う事もある。寝袋や狭いところでも眠れるし、電車やタクシーなどでも邪魔になりにくい。手が小さくて、座高が低めだからMacbook Airの11インチで充分に快適だし、画面の大きいスマートフォンを持つ必要もない。モテないし、出来るファッションも限られるけどね。

iTunes Matchのセットアップが完了した

 iTunesのバージョンが変わってから昔にインポートしたMP3のタグが文字化けするようになった。直し方を調べたのだけどうまくいかない。そういうのもあって聴かないであろう曲は削除した。「文字化け・原盤処分済み・また聴きたい」という条件に合致する曲については手動で直すつもりだけど、量が少ないからできる。

 曲を削除した甲斐もあってか、iTunes Matchのセットアップがやっと完了した。アップロードの途中で止まること10回以上。再実行するごとに約1万曲のライブラリは少しづつアップロードされていった。クラウド上にアップロードする事を考えると先に整理した方がよかったのかもしれない。回線を通る時にはライブラリを縮めておいた方が捗る。

「縮み」志向の日本人

 『「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)』という本があって、日本人は昔から小さいものに意味を見出してきたという文化的背景が解説されている。風呂敷、盆栽、扇、四畳半。一寸法師や牛若丸はヒーローだ。もちろん、本当に好んでいるのかは別なのだけど、ある製品を小さくできるようにしたり、単体の製品に複数の役をこなさせることへの情熱は凄まじいものがある。モバイル機器の隆盛も断捨離もその流れにあるのだろう。

 この本が出版された当時は韓国人の著者だというのもあって、「縮み」という言葉に揶揄を見出して問題になっていたそうなのだけど、実際にそうだよなって思ったりもする。本棚から溢れた本を処分したり、趣味の道具を捨てたりして、段々と自身の領域が縮んでいくことに満足感を感じていたりもするのだ。このまま消えたいわけじゃなくて、小さくなりたい。それでも残るものを愛したいから蠱毒を受け入れる。

それでも残るもの

 ワークショップとか同人誌製作みたいなものだと本当にそう思う。別に最後まで残ってしまう事が偉いわけではないけれど、「しない」と「できない」は区別する必要がある。じっさい10人もいると会議は踊れど、タスクが進まないから、3〜5人ぐらいのチームがちょうどよいと思うような事も多い。ちなみに2人が効率悪いのは、どちらかがブレるたびにストップしがちだから。3人だと誰かが一時的にブレても歩みが止まらないのが大きい。

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)

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