太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

いるかホテルが呼んでいる

photo by scmikeburton

夏の思い出

 ブログをまともに書き始めたのが去年の7/8の『ラストワンフィートのワイヤレス、またはMacBook Air 11インチとTimeCapsuleとAppleTVを買った話 - 太陽がまぶしかったから』で、毎日更新が7/28の『MacBook Proを売りに行ったらAppleIDとパスワードの提示を求められた話 - 太陽がまぶしかったから』から。夏とブログ更新の心的複合は強い。両方ともAppleネタかつ「〜た話」で、なんか恥ずかしい。

 ともかく、去年の夏にはブログ更新作業にハマっていて、スタバや図書館などでひたすらインプットしつつ文章を書いていた気がする。毎日2回更新かつ3日に1回はバズらせるのを最低ラインに設定するとか、どうかしていた。

今週のお題「2014年、夏の予定」

 そんな感じだったので、『自宅特急〜自宅旅行者によるトラベル・ポルノの始まり - 太陽がまぶしかったから』を宣言して、毎年恒例だった長期旅行をしなかったのだけど、やっぱりそれはつまらない。近頃、いるかホテルの夢を視る。

羊をめぐる冒険 文庫 上・下巻 完結セット (講談社文庫)

羊をめぐる冒険 文庫 上・下巻 完結セット (講談社文庫)

 「いるかホテル」とは、村上春樹の『羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)』や『ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)』の舞台となる北海道のホテルで、「繋がっている場所」である。正しくは「ドルフィン・ホテル」なのだけど、作中では「いるかホテル」と呼ばれる。それで、なんとなく旅行先について調べていたら知床に『世界自然遺産の知床 いるかホテルへようこそ』ってのが本当にあるのね。もちろん作品とは関係ないのだろうし、偶然的なシニフィアンの一致でしかないのだけど、思考がそれに支配される。言語論的転回。

セレンディピティ

 「呼ばれている」というのは、もちろん妄想だ。でも、記号を頭にひっかけておくこと、日常的に何かを調べていること、実際の関連はともかくとして面白いと思うこと。それらは、何かを探す時に別の価値ある事を見つけ出すセレンディピティという「能力」である。「現象」はあくまで「能力」への幻想強度を帰納的に強めるためのフレーバーでしかない*1

 鎌倉旅行の際には電車の中で歴史や関連作品を勉強して意味づけを多重に作った。つまり先に鎌倉に行くと決めてから「聖地」を捏造したのである。

 日帰りで江ノ島・鎌倉旅行をしてきました。アジカンの『サーフ ブンガク カマクラ』を聴きながら、曲名の由来になった江ノ電の駅を写真に収め、『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃 (flowers コミックス)』『孤独のグルメ【新装版】』『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (ガガガ文庫)』のロケ地やキャラクター名の由来になった土地を巡り、『QED~ventus~〈鎌倉の闇〉 (講談社文庫)』で仕入れた歴史雑学を妄想しつつ寺社仏閣を巡ったりしながら花見や明日から始まる来年度への祈願をしようという試みです。詰め込みすぎ。

 鎌倉は歴史建造物が多く、また作品の舞台としても有名です。このため、ひとつの場所に訪れるという物理行動に対して、拡張現実的に多重レイヤーによる意味付けがしやすいです。例えば、『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)』は未読だったのですが、鎌倉に行くことが決まってから読み込む事で聖地巡礼のレイヤーをさらに増やすというアクロバットすら可能でしたし、『TARI TARI 1 (特典つき初回生産限定仕様) [Blu-ray]』も観ようかなと思いました。情報過多な時代だからこその観光の形というものがあるのかもしれません。

サーフ、ブンガク、カマクラ、エノシマ、サクラ、ウミガイダイアリー - 太陽がまぶしかったからサーフ、ブンガク、カマクラ、エノシマ、サクラ、ウミガイダイアリー - 太陽がまぶしかったから

 いるかホテルに本当に呼ばれているかなんて、どうでもよい事であって、いくらかでも楽しくなる可能性が高いのであれば、そちらに乗るという事に過ぎない。そもそも旅行するのは楽しい気分になりたいからなのだから、KGIに忠実であるほど気分の問題は重要である。

 知床のオーシャンビュー楽しみ〜♩ とは別の文化的レイヤーを見出し、文化的多重人格者として、それぞれを「同時」に楽しむための準備を入念にする。しかし入念に準備しながらも、一方ではそれが壊される事を期待する。空気の薄い月面から連れ戻される劇的な回心。僕はキキに会えるのだろうか。

フォーエバーブルー海の呼び声

フォーエバーブルー海の呼び声