太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

自己投資とは「何にどのくらい注ぎ込んだか」である

f:id:bulldra:20140709081827j:plain

トピック「自己投資」

 「自己投資」と考えると「お金」のイメージが強いのかもしれないけれど、時間や意志力を何に使うのかの問題の方が重要である。僕が欲しいような商品は2年間分の給料を全部使うぐらいで揃ってしまうわけで、そこから先は意志力を維持するための健康や、それに使える時間が足りないという問題による。その事について、まだあまり上手くいってないのだけど「ありたい姿」を含めて考えたい。

会社の遠くの実家に引っ越し

 10年以上一人暮らしをしていたけれど、今年の5月から実家に戻ってきた。会社からは遠くなったけれど、親と居られる時間が増えたし、家事を分担できるようになった。家賃分を家に入れられるし、家電は一人当たり価格で考えればよいから良い物が使える。ドラム式洗濯機もね。

 親が歳を取ってからの子供なので、こういう期間を意識して作っておかないという思いがあった。色々な価値観があるのだろうけれど、言葉だけでは無力である。僕は僕の価値観に正直でありたい。

四畳半で食う寝る遊ぶが出来る引きこもり用書斎を公開 - 太陽がまぶしかったから四畳半で食う寝る遊ぶが出来る引きこもり用書斎を公開 - 太陽がまぶしかったから

読書とオーディオブック

 通勤時間が増えたので、読書時間を増やしたいのだけど、『Kindle Paperwhite(ニューモデル)』を買ってから、さらに積ん読が増えてしまっている現状がある。仕事に疲れてる。いくら「読書が好き」だと自己言及をしようが現実問題として、あまり読めていないのであればそれは嘘なのだろう。それでもオーディオブックなら移動中や疲れている頭でも聴ける。何かをすれば、何かができなくなるのだけど、0か100ではなくて中間点もある。

株式会社オトバンクに訪問してラジオマニアな社長と文学少女な広報さんとでオーディオブックの今後について話してきた - 太陽がまぶしかったから株式会社オトバンクに訪問してラジオマニアな社長と文学少女な広報さんとでオーディオブックの今後について話してきた - 太陽がまぶしかったから

ウィスキーとハニーローストピーナッツ

 僕が幸せを感じるのは、ゆっくりと流れる時間を感じるところにある。それを彩る存在として、ウィスキーとハニーローストピーナッツはひとつの媒介物となる。もちろん形あるものなんて何も得られないのだけど、思いは残る。自己調和は重要である。

もし僕らのことばがウィスキーであったなら - 太陽がまぶしかったからもし僕らのことばがウィスキーであったなら - 太陽がまぶしかったから

睡眠と炭水化物と椅子と歯磨き

 どれだけ知識を蓄えようとも、身体を鍛えようとも人間を辞めない限りは必要なメンテナンスがある。それらの事を疎かにすると身体としても、精神としてもジリ貧となる。苦労して効率を10%上げる方法論を作り上げても、眠かったり、腰や歯が痛かったり、脳に糖がいってなければそれ以上に効率が下がる。そんな状態で決定した事は大抵誤っているわけで、最優先でする自己投資であろう。

僕が人に何かを言えるとしたら、「ちゃんと寝て」「ごはんを食べて」「歯磨きしよう」「椅子には拘れ」ぐらいしかない - 太陽がまぶしかったから僕が人に何かを言えるとしたら、「ちゃんと寝て」「ごはんを食べて」「歯磨きしよう」「椅子には拘れ」ぐらいしかない - 太陽がまぶしかったから

まとめ

 そんなわけで、僕が何に時間や意志力を使っていきたいのかを考えた。もちろん現状で最も時間や意志力を使っているのは仕事なのだけど、色々な経緯を経てアンマッチが明らかになったので動いてる。こればかりは失敗を認めざるをえないのだけど、お金や経験を得てはいる。

 他に時間や意志力を使っているのは1年近く毎日更新しているブログだろう。650記事。調べる時間などを含めると少なく見積もっても1000時間は使っているだろう。それに見合うリターンなんてあるわけもないのだけど、決してゼロではないし、書いてる瞬間が楽しければ十分だとも思う。

1年間ブログ書いていますけれど、何かを得られたからこそ、書き続ける意味は見出しません - 太陽がまぶしかったから1年間ブログ書いていますけれど、何かを得られたからこそ、書き続ける意味は見出しません - 太陽がまぶしかったから

 結局のところで「自己投資」とは死んでいく過程にどのように過ごしたかという話の羅列であろう。方法論的個人主義においては、他者への働きかけも自己の問題に還元される。善も悪も永遠には続かぬものなのだから、せめて善き思い出として善行を為すがよかろう。そして「善き思い出にならない事」から遠ざかるのも必要な自己投資なのだろうと思う。

お言葉

 もちろん結末ばかりに気を取られてはいけないのだけど、結局のところで残るのは何にどのくらい注ぎこんだかである。それは他者に対する愛とは限らないのだけど、少しぐらい誇らしく死ぬための「試み」はしたい。

キャッシュフロー 101 (日本語版)

キャッシュフロー 101 (日本語版)