太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

可能世界と投機的実行を前提とした先払い型自己投資について

photo by w4nd3rl0st (InspiredinDesMoines)

時間の多寡の重要性

 仕事が落ち着いたのでやっと代休が取れた。今週末も海の日で連休だし、抱えてるタスクも減ってきたので良い具合だ。こういう時にこそ「自己投資」とやらをする必要があるのだろう。『自己投資とは「何にどのくらい注ぎ込んだか」である - 太陽がまぶしかったから』でもそういう事を書いたのだけど、特に文章やプログラムなどの元手があまり掛からない成果物のクオリティについては、そこに掛けられる「時間」の多寡がもっとも影響する。

 QDCにおける「C=コスト」がトリヴィアルであれば「Q=品質」と「D=納期」の相関に変形できるということだ。ここで「納期」というとニュアンスが異なるのだけど所謂「人月」としての合計時間ということである。人をお金で雇う場合にはCをトリヴィアルにできない。もちろん個々人のセンスの問題、好き/嫌い、得意/苦手といった要素もあるのだけど、殆んど事には相応のノウハウがある。

狩野モデル

 ところで、ある成果物には「魅力的品質要素」「一元的品質要素」「当たり前品質要素」といった品質要素があり、それぞれの充足度と満足感の相関が以下のようになると定義される「狩野モデル」という考え方がある。つまり「物理的充足度が低くても気にならないが、高いと魅力的に感じる」「物理的充足度が低いと不満を引き起こすが、高くても満足度は一定の範囲で収まる」といった特性の性格付けをして、投資対効果を考えるためのものだ。

狩野モデル-品質とは - techdmba』 より

 一般的な仕事には「当たり前品質」を満たす事が大前提として求められる。誤字や事実誤認がないとか、誤動作をしないとか最低限の機能があるといった事だ。しかしながら、現代においては「一元的品質」や「魅力的品質」を高めなければ殆んど存在価値がないものが出来上がってしまう*1。例えば、Apple製品が強いのは「魅力的品質」へのリソース割振りが非常に高いからであると言われている。その一方で致命的なリコールやバグもそれなりにあるわけで「当たり前品質」は決して高くない。

 完璧な「当たり前品質」にはキリなくリソースを消費するのに、満足感には一定範囲からは相関しなくなるから、どこまでを満たすかのコンセンサスを得た上で、各要素へのリソース振り分けのポートフォリオを考えるのが実際的ではある。しかしながら根本的なリソースが少なければピーキーにならざるを得ないし、もっと少なければ「当たり前品質」の最低限を狙うようになってしまう。先のQDで考えると開始時点から「当たり前品質」を満たすまでの時間を出来る限り短くして「魅力的品質」に回す時間を増やす事で満足感を高めることができるという事だ。

先払い型自己投資

 以上の前提において、「時間を先払いできるか?」がひとつの重要なチート方法になる。ある成果物に掛けられる時間は「納期ー開始日」であると思いがちだが、実際的には「納期 ー 開始日 + 先払い時間 × 有効化係数」である。先払いしておいた時間が品質強化に有効であるほど、実態的に掛けられる時間が長くなる。

 この「先払い」について分かりやすいのは例えばプログラムにおける「ライブラリ」であろう。汎用的な処理を予め作って試験しておくことで、イチから作るよりも時間を節約できるし「ライブラリ」を作るのは「私」である必要すらない。文章においても同じような事が考えられる。今回だって「QDC」や「狩野モデル」をイチから考えたり、説明しているわけではない。これはそのまま「勉強」と言われる事でもある。

投機的実行

 もうひとつの方法が、「投機的実行」である。

仕事が確実に必要とされるかどうかを知る「前」に実行するというもので、それによってその仕事が必要だとわかった「後」でその仕事をしたときに生じる遅延を防ぐ。その仕事が全く不要だったと判明した場合、その結果を単に無視する。目的は余分な計算資源が利用可能な場合に並行性を向上させることである。

投機的実行 - Wikipedia投機的実行 - Wikipedia

 これは人文系における「可能世界」の考え方である*2。以下はあくまで「期待」の話として書いたのだけど、「期待」が頭の中だけで終わることはむしろ稀で「AでありながらB」「BでありながらA」という重ねあった物理行動として顕れる。

 可能世界においては、結果に応じて後付で「最初からそれを求めていた自分のみが生き残る」という現象を起こす事ができます。つまり、「Aという結果を期待している私」と「Bという結果を期待している私」が同時並行で存在し、仮にAという結果が確定した瞬間に「Bを期待していた私」は死ぬのです。

(中略)

 私の思う『勝ち続ける意志力』は物理的な結果に応じて勝利条件の指標を入れ替えてしまうことで、勝った事にしてしまう事によって成立します。ダメな人だー(´Д⊂。その時に書き手としての満足度のみをストイックな指標とするというのも手なのですが、結果として使える材料が出来たならそっちも活用してしまった方が楽です。個々の実績を狙ってレイヤーを積み重ねていけば総体としてはそこそこの結果に錯覚できたりするものです。そして試行回数が増えるほど、総体での達成は容易になります。

http://bulldra.hateanblog.com/entry/2013/08/29/225532

目的に最適化しすぎない

 つまり「目的に最適化しすぎない」という事であり、なるべく共通部分を投機的実行しつつも、ディテールを外的要因の変化に応じて変形できるような形で積み上げていくのが有利な戦略となる。このようなゼネラリストは「プロメテウス型人間」と呼ばれる。

 しかしながら、もっと投機的であっても先払い型の自己投資をしていかねば、外的要因のなすがままに器用貧乏になっていくだけであるとも言える。つまりプロメテウス型人間を目指しつつも、明確なコアコンピタンスもメンテナンスして広報していく事が重要となる。外的要因に応じた「当たり前品質」を上手くやる事ばかり考えるだけでなく、僕自身の「魅力的品質」を高めていかねば、いつまでたっても僕自身の意志は外的要因に反映されないのだろう。本来的にはコモディティ化したい僕の欲望と矛盾していて残念なのだけど、コモディティ化しすぎるといくら働いても生活費が稼げないのだ。

 何かをやっていくのであれば一定のナルシシズムは必要である。チョット前に流行った自己肯定感もそうだろう。「サイコーにできてる」という状態は「AでもありBでもある」だけでは成し得ない。小さな範囲だけでも「Aを必要とする世界」に維持・変化させていけないかを考えること。つまり、万人に「いい人」と思われたいわけではなくて、君に魅力的に思われる13の方法をだな・・・。

はじめての品質工学―初歩的な疑問を解決しよう (やさしいシリーズ)

はじめての品質工学―初歩的な疑問を解決しよう (やさしいシリーズ)

*1:作業者側の「衛生要因」「動機付け要因」という報酬にも相関するのだけど割愛

*2:「狩野世界」ではなくて