太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

人生の大いなる漠然とした不安との夫婦生活に「のほほん」と折り合いをつける

photo by laurinha_lii

のほほん

 また久々に大槻ケンヂ熱が高まっているというのもあって、「のほほん」と生きようと思う事が増えた。僕はある意味ではもう長く生きられないし、殆んどの問題は解決出来ずに死ぬ事になるだろう。だから、もうそれらを「治さないといけない」とは思えなくなってきている。

 人生は大いなる漠然とした不安との夫婦生活だ。どこへ逃げても逃げ場は無く、眠っても悪夢となって悪妻はやってくる。悪妻からは逃れられない。だからむしろ自分から悪妻と付き合うようにして、何とかカノジョを手なづけてしまえばいいのだ。生きることから逃げないようにして、何とか折り合いをつけるようにするのだ。
 折り合いのついた状態を”のほほん”と言う。
 のほほん、のほほん、のほほんと生きたい。

のほほん雑記帳(のおと) (角川文庫)

のほほん雑記帳(のおと) (角川文庫)

 のほほんとは、ありのままを受け入れるのでも、根治を放棄すのでもなく、ただ折り合いをつけるという事だ。結局のところで、「いつか救われるのだから、今は辛くてもよい」という考えをするほどに、「いま」「ここ」を疎外することになる。

 快楽に流される夜があってもよいし、疲労が溜まりきれば会社を休んで惰眠を貪ることもある。

「やってよかった」と思える事をしたい

 だから「やってよかった」と思える事をしたい。それは結末じゃなくて過程の羅列にある。大局的には無駄でもよいし、悲しくなってもよい。やりきれないからこそ、笑うしかないと思いがちだけど、泣きながらでも歩くことは出来る。むしろ僕は泣きながらでないと歩けないのかもしれない。

 あらゆる事物を媒介にして何度でも蘇る悪夢からの逃げ場なんてなくて、なんであっても再び殺す可能性を内包しながら、再び愛し始める事しか出来ないのだろうと思う。でも、だからこそ自分から選びたいし、そうすべきだ。のほほん、のほほん。

のほほん雑記帳(のおと) (角川文庫)

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