太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

岡田斗司夫『いや、上京するの面倒くさいし地元の方が楽だよね』〜地元で楽に暮らせるナリワイを作るには「えこひいき」されるようにしよう

いや、上京するの面倒くさいし地元の方が楽だよね: ジモらくのススメ

地元志向とネット

 本書は香川県で行われた岡田斗司夫の講演「ネット時代こそ地方在住者のチャンスだ!」を再構成した電子書籍である。東京と地方での活動の違いや、今後の働き方や人口流動などが話題になっている。

無理やり一人暮らしする必要はないし、親と一緒に同居しても構わない。「もうそろそろ大人なんだから独立しろよ!」というのは、都会の戯れ言だと思っておけばいい。
月に、2万円、3万円で暮らすことができるのならば、マネタイズ(※お金を得る)のコツなんてものを考えなくてもすむんです。
好きなことを仕事にして、ほんのちょっと収入があって。たとえ月に5千円しか儲からなくても、それを5回、6回繰り返せば食っていけるのならそれが一番いいのです。

【レポート】いや、上京するの面倒くさいし地元の方が楽だよね: ジモらくのススメ - FREEexなう。

 読む前は「ファスト風土でもネットでグローバルにマッチングしてシェアして秒速で成長」みたいな話だと思っていたのだが、そういう要素も少しはありつつ、もっと現実的な視点である。どちらかといえば小商いとしての「ナリワイ」を地元の関係性の中で作ろうという「意識低い系」の話になっている。

できることが少ないから完成できる

 本書において一貫しているのは「できることが少ない」のは何かを完成させるためには良い側面が多いということである。例えば岡田斗司夫ガイナックスの創業者であるが、それができたのには以下のような理由があったからであると述懐する。

  • 娯楽としてできることが少なかったから集中できた
  • 簡単に話を進められるわけじゃないから覚悟があった
  • 同じ趣向の仲間が集まりにくいからこそ今の関係を大事にする

 これは現代において、一般的に「良い」とされている事の逆なのだけど、その感覚は凄く分かる。大抵のことはやろうと思えばできる道筋が見えてしまうからこそ、「こうすれば出来る」みたいな会話をしたり、表面上の活動までで初期衝動が終わってしまいがちである。コミットすれば数ヶ月もあれば終わるような話が遅々として進まないというのがむしろ増えたと感じている。

「選択肢が多い」というのは「退路も多い」ということ

 また都市部であれば同じ趣味同士で集まるのも簡単であるし、複数のグループがあるので気楽である。トラブルがあっても音信不通にして別のグループに行くみたいな事もしやすいし、中に入り込んで改善活動をするよりも、ありのままを受け入れてくれる場所を探してジプシーをした方が実際問題として楽であろう。

 「選択肢が多い」というのは「退路も多い」ということでもある。もちろん、その「重さ」が嫌なんだというのも分かるけど、そういう紆余曲折から逃避しながら良いものを完成させるのは逆に難しい。粛々と動いていく事や論争が行える関係づくりは一朝一夕では出来ない。

絶対値でソートされる時代だからこそ「えこひいき」されたい

 地方在住の場合はインターネットを介した通信販売があった方が売上が上がる。ただしネット通販は継続が難しいとのことである。確かに楽天で買った時に店子の事を覚えていることは少ないかもしれない。欲しいもので検索をして、一番有利な店を選ぶ事のが多い。著者の『超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略 増補改訂版』にもあるのだけど、インターネット上の選択肢として上場すれば「絶対値」でのソートが簡単に行われて疲弊していく事になる。

 これを回避するためには「ちょっと高いけど、この店のが安心」「この人が言うなら良いか」「近くまで来てくれる」といった定性的な体験によって引き止めていく事になる。むしろ積極的に「えこひいき」される事を目指すべきなのだ。絶対値で有利になるのが難しい時に必要になってくるのはストーリーであり、キャラクターである。この辺は『ほぼ日刊イトイ新聞』のやり方が非常に上手いと思う。実際に良いものでもあるのだけど、プライシングを自由に出来るのはストーリーやキャラクターありきという側面が強い。

 その一方で「良いものが埋れている」という状態はSNSの拡大によって非常に少なくなったと本書は指摘する。例えば100人以上の母数があるのに誰も拡散しようとしないのであれば、絶対値として明白に優れている可能性は低い。「才能があるのに埋もれてる」というのは殆んどの場合は幻想であろう。だからこそ、「えこひいき」されるための部分も必要となってくる。「現代において最も優れたコンテンツは自分の子供の運動会」なんて話もあるけれど、そういう要素を無視するわけにもいくまい。もちろん「それだけ」ではダメなのだけど。

合算型のマネタイズ

 マネタイズの問題というのは、それで食べていけるか? と言うことが第一になるのだけど、全体に掛かるコストを下げれば話は指数的に簡単になる。例えばブログで月30万円稼ぐのは非常に難しいし、相応のリスクも生まれていくが月3万円ぐらいであれば珍しくもないという事である。

 もちろん月3万円での独り暮らしは不可能であるが、家族で暮らしている時のひとり頭で考えればアリである。専業主婦や子供の事を考えると、そもそも「家族全員が自分の食い扶持を稼いでいる」という状況の方が稀であって、共用部分を増やす事で収支の合算として赤字にならなければ問題はない。例えば家族経営の和菓子屋において、学校帰りの娘が店員をするみたいな形で、家族の内部で仕事をオフバランスに融通しあう事がある。これを本書では「系」と呼んでおり、このような性質は友人やシェアハウスなどにも拡大適用可能な部分がある。

 実は僕も実家ぐらしに戻っていて、生活コストを下げる生活に慣れつつ、ふんわりと下準備をしている。あまり表に立つ気はないのだけど、裏方として働くのは興味がある。プログラミング、Webデザイン、ライティングなどなら自給自足をする事も、仕事を請ける事もできる。実家ぐらしだから最悪アルバイトをしながらも生きていけるわけで、「ジモらく」ができるんじゃないかという楽観もありつつ動いている。

ジモらくのススメ

 上京しないで楽に生きていく方法として、この「系」を意識して、なんとなく食べていける状態を作るのがよいとある。その上で玉を投げ続けていれば、いつかは当たる可能性がある。15万・自習・情熱・実家。

 ここでまた退路の問題になるわけだけど、実はだからこそ自分がアイロニカルにでもコミットしえる対象はすごく貴重なのだと考えを改めているところでもある。その上で失敗しても自身の労力とか、ちょっとしたお金で済むようにするのも重要である。それ自体を「趣味」として償却しつつも先にコストが戻ってくるようなスキームであればすぐに再挑戦ができる。都度都度で退路は断つのだけど、一方で生き返るためのメタスキームも用意しておく。まさにアイロニカルな没入である。

講演録のまとめも商材に

 本書ではそれ以外にも以下の話題に触れており、興味深かった。

  • 「これからは若造がバカにされる時代」
  • 「シングルマザーは当たり前!」
  • 「子供が作りたくなったり、出来ちゃったらどんどん生もうよ。」
  • 「一人ぼっち専門SNS」。日記の最後は”ああ寂しい…”で締めくくる。 

 講演会をまとめた電子書籍を安価で販売するというのは、それ自体が良いビジネスモデルである。そもそも講演会をライブで観るのはハードルが高いし、ネット上に全文が公開されたとしても、ちゃんと腹落ちするまで読めるかは微妙である。ビデオ録画も難しい。

 Kindleで読めればクラウドに保存されるし、アンダーラインも同期するわけで、その機能のためにお金を払えると思える。『note ――つくる、つながる、とどける。』には『note ――つくる、つながる、とどける。』の魅力があるとは思うのだけど、ちょっと微妙なのはその辺への懸念がある。とはいえ、安価な露出手段が増えていくのは良い。そんなわけで、本書は意識低い系ながらもジモトでゆったりと生きていく道を探るヒントになるのと思われる。