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太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

相談に回答していく事は僕自身の開示でもある〜ask.fmによる人生相談ふりかえり2015年01月版

photo by kpishdadi

ask.fm相談ふりかえり

 今年になってからはじめた人生相談コーナーですが、沢山のご質問を頂きましてありがとうございます。まだまだ答えられていないご質問があって翌月以降のご回答になってしまいますが、月末ですので今月の振り返りをさせて頂きます。

人生相談

それは感性的な生き方から、倫理的な生き方への転換であり、自分自身に関わる全責任を引き受けて正しいと思う自己を選びとることでもあります。決断を迫られる時に武器になるのは倫理規範による目的(What)と、知識と教養による手法(How)であり、その武器を手に入れるためになされるのが「教育」であると言えます。

 最初のご質問。いきなりヘビーでしたが、知ったかぶりの知識で回答させていただく。丁度、『死に至る病 (岩波文庫)』について、何かを書こうとしていた時期だったので、それっぽい言葉が並んでいます。

 例え、物理的な事象が寄与不能なランダム(=宿命論)であっても、それを感性的な快楽に転換させるための努力でなく、特定の倫理規範とのすり合わせる事で人間は生きているわけです。ただし、そもそもの倫理規範が壊れていないかという「懐疑」もセットになるわけで、それを自身の経験の中だけから学ぶのは難しいと思います。

なので、話が通じない人と応対するときほど、嬉々として行動をメモしたり、相手の思考回路をエミュレーションしたり、周りの反応を聞き出していきますね。ここで重要なのは自分の尺度だけで「劣る」という判断を勝手にしないことです。あくまで間主観性を重視して相手の適応度合いを判断しなければ、社会適応できてなかったのは自分の方だったのかもしれないという可能性を疑えない状態になっています

 対人関係による精神的苦痛を和らげたいというご質問。適応の作法において「優越型適応」もとり得るというお話です。もともと残念な対応をされた場合には「怒り」よりも「かわいそうな人」だと思ってしまう事が多いんですよね。それはそれで、相手を馬鹿にしているわけで、決して褒められる態度ではないと思いますが、良くも悪くも同じ土俵に立たない事が大事かなと思います。回答のお礼としてAmazonギフトを送って頂きましてありがとうございました。大切に使用させていただきます。

恋愛相談

 Nさんも合コンに来ている時点で、普段は「彼女ほしいなー」と現実には存在しない「誰か」を待ち続けていたはずですが、それが急激に具体化すると「おまえじゃねーよ」と引いてしまうんですね。「お前ではなし」を回避するためは必然を埋めていくのではなくて、「偶然や不確定性を演出する」ことです。もちろん本当に偶然である必要性はありませんし、心変わりをする事もありません。

 どっちの立場も良く分かります。好きバレしてからリアルに会う機会がないと、何をやっても「負担に感じる/感じさせてしまう」というブレーキが効いて、余計にうまくいかないんですよね。普段からダダ漏れになっている好き好きオーラを少しづつ抑えていかないと……まぁ、人には言えるんだけどね。

 それは「コップの好みが最初から似ているから好きになる」という事ではなくて、「この人が良いと言ったものを理解したい」と自然と没入している自分に気付いた時に、僕自身の中にあった敬意のような感情が再認識されて内面化されるという事です。

 恋愛相談に答えていく結果として、僕自身の恋愛観を開示する機会が増えていきました。人生相談に回答していく事は自身の人生の経験や価値観の開示でもあります。僕が駆動する動機は「私を知って欲しい」ではなくて「あなたを知りたい」なんですよね。この感覚自体は他の人も表明していて、それなりに一般的であるように思います。

 つまり「ピッタリの二人」を演出するためには、「彼女の趣味は知らなかったけれど、同じものが好きだった」という過程が必要となります。二人で会う前から徹底的なリサーチと予習を行っておきながらも「事前に調べた」ことは絶対に悟られない事が重要となります。

 後半からネットストーカーの宣言をしはじめるという半ばネタ回答になってしまいました。そこまではしないですよ(震え声)。直接やりとり出来る関係があるなら、『本当に好きになった相手のSNSアカウントはブロックしてからが本番 - 太陽がまぶしかったから』のようにむしろ第三者向けの情報を断つかなぁ。「知りたい」という欲望と「本当に知ろうとする」という行為には距離があって、倫理的な葛藤を保つところに螺旋的発展があります。

 もしかしたら「トランスジェンダーの異性愛者」の可能性がほんの少しだけあるのかもしれません。自分としても葛藤があるし、「そうではない」と言う事が出来る程度の事なので自認していませんけれど。現在の増田では「可愛い女の子になれる教」が流行っているのですが、せめて中性的な見た目だったらよかったのになぁと思う事はあります。

 「可愛い女の子になれる教」の布教活動。男なのにミサンドリーがある事については我ながら厄介に感じていて、感性的な生き方をしようとするほど現実社会とコンフリクトするので、別の倫理を立てて、それを信仰せざるを得なかった側面があるんですよね。

 などと破滅的な方法を書いてきましたが、「角を立てずに終わらす」がゴールになる時に重要なのは「あなたの優先順位は高くない」という事実を納得してもらうことなんですよね。「あなたが嫌なのではなくて、もっと大切な事がある」というロジックを理解してもらうことです。

 こちらには好意があるのに、応じてもらえない時点で「傷つけない」という結末は難しいのですが、なるべく角を立てないのであれば、「好きじゃない」は「嫌い」という意味ではないことを理解してもらう必要があります。ただ個人的な経験としては、どっちつかずの態度を続ける方が執着させてしまうわけで、「落差」を大きくする方が残酷じゃないのかなって思ったりもします。

 結局のところで、相手からのアプローチがあろうがなかろうが、「僕が好きだと思うか」という話とはあまり相関しないのですし、その「アプローチ」が妄想である可能性が高い以上、本当にフラグだったのかなんて事は殆んど答え合わせできないんですよね。もちろん異性として意識するきっかけになる事はありますけど。

 好意であれ悪意であれ、自分のフィードバック回路が壊れてるんじゃないかと思う機会は多くて、「僕なんかが好かれる理由がない」をデフォルト値に設定しておいた方が安全だと思っています。「好きじゃない」は「嫌い」という意味ではないし、「嫌いじゃない」は「好き」という意味ではないという平準化を意識しつつも、別に嫌われててもいいからと思えるかどうかなんでしょうね。僕自身は「その好意が迷惑なのかも」と思うとすぐに心が折れる感じだけど。

 ただし、他人の心を完全に読む事はできませんので、他者がどのような欲望を抱いているのかは厳密にはわかりませんし、仮に分かったとしても、それだけでは何もできません。個人的な体験としては、「浮気」だと思ってしまったら「浮気」なのでしょうが、他者にとっては性愛に準ずる行動の有無(しきい値は夫や調停者による)によって、「浮気」かどうかを切り分けられる事になるでしょう。

 個人的には「独占したい」がひとつの指標になるのかなと思います。じゃあハプバーは浮気じゃないのかっていう問題もあって、「身体の浮気は許すけど心の浮気はは許さない」「心の浮気は許すけど身体の浮気は許さない」「どっちも許さない」「両方なら許さない」みたいな設定は人によって違うでしょう。恋愛感情や浮気の定義は難しいので、結局のところで当事者間の間主観性に委ねられるのかなぁと思います。

 LINEやメールなどの段階では「外堀を埋めようとしてきてるな」と俯瞰的に判断できてしまう場合が殆んどだと思いますが、直接会っている時に眼前で展開される事象については動物的憐憫が勝ってしまう事もあるし、そういう雰囲気を維持できる人がリア充なのでしょう。

 この辺りは僕自身にネットなんかで恋愛感情は発展しないという時代錯誤な信条があるからなのでしょうが、言葉は言葉でしかないよなぁって思ったりもします。だからギミチョコ!

技術相談

 そのような活動はしているものの、現在はアクセス数自体を気にしていないのが実際だったりもします。そもそもオーガニック検索からの流入ってブログや僕個人のプレゼンス上昇にはあまり影響しないんですよね。反応ももらえませんし。

 SEOについての質問。既に回復の兆しがありましたが、これを答えた時よりもさらに回復はしています。と、いっても検索流入は全盛期の10%分ぐらいですかね。「ブログ飯」にフラっとしそうになる心が折られてよかったのかは未だに謎ですが、仕方がありません。

 そんな感じで、色々なブログを参考にしながら試行錯誤をしています。良くも悪くも「たかがブログ」の事なので、「やりましょう→できました→ばかですね」のサイクルを回しやすいし、仮に失敗しても大きな影響がないのから楽しいんですよね。

 ただ、少なくともあんまり大切じゃなくなったからこそ、色々と試せるようになったんですよね。結局のところで小さい小さい利権を守る方向に進むよりも、倍プッシュ前提にできてよかったんじゃないかと思っています。ブログって趣味としてのコスパが非常に良いですからね。

池田仮名への質問

 学生時代には図書室に入り浸っていた記憶があるのですが、その頃の記憶を紐解いていくと図書委員の子が好きだったからなのかもしれません。なぜか一番図書の貸出が多かったクラスの図書委員が表彰される習慣があって、うちのクラスが表彰されるようにするんだと躍起になって色々な本を借りていったんですよね。

 小学生の頃からそんな感じだったのかよっていう回答。でも、まぁ人間ってそうは変わらないですよね。

 否定神学では、神を否定するのではなく「語りえぬこと」のリアリティをもってして、むしろ神を肯定しているのです。逆に言えば、この方法論を使わずに「神」を肯定するのは非常に困難なのですが、そのパラダイムにおいて、人間が思い浮かぶような「儀式」と俗世的な「幸福」の相関は真っ先に否定されるんですよね。故に「やらなくてもいいこと」リストに仕分けられてしまうわけてす。

 少し特殊かもしれない信仰観について。「自分が理解できるような他者」を超越者として設定するのは神を信じているのなら冒涜だし、信じていないなら自己矛盾しているんですよね。もちろん、個人的な行為としての「瞑想」や「祈り」の精神的な効用は高いと感じていますが、それは無茶苦茶に混んでいる神社でするような事でもないような気がします。

 仕事の懇親会や合コンの二次会やデートなどのためにカラオケに行ったりする事もあるのですが、そんな用途ばかりだと「カラオケは人生の交差点」だと思ってしまったりもします。なんていうか「うまくやる」「無難にこなす」ことを求められているように勝手に感じて歌う事を素直に楽しめないんですよね。寝ちゃう事も多いです。「気のおけない友人とカラオケ」という記憶があまりないのです。

 今になって、楽しみとしてのカラオケをやってもいいかなって思ったりもします。綱島温泉また行きたいな〜。

  僕は煙草を吸いませんね。すいません。男の美学についても特に感じないというか、むしろ安全に無様になるための嗜好品であると思ったりもします。煙草の煙はかなり苦手なのですが、酒飲みではあります。

 コンセンサスのある嗜好品のが楽だよなぁって思ったりもします。税金をかけられやすいという問題はありますが。

 改めて見るとキャンパスライフ系の作品が多いですね。大学時代に執着があるのかと言われれば、ほぼ不登校だったし、ひたすら資格試験の勉強をしてたり、テキストサイトやチャットに入り浸っているか、河原にブルーシートを敷いてコロちゃんコロッケを肴に呑んでいた思い出しかありません。

 ぱっと思い出せる範囲で、完結していて全巻持っている漫画を思い出すとキャンパスライフ系が多かったという話。『Bバージン(1) (ヤングサンデーコミックス)』を挙げ忘れたのはちょっと失敗したなーって気づきました。あの作品もキャンパスライフ系ですよね。

まとめ

 そんなわけで、今月から始めた相談コーナーですが、1ヶ月間だけでも随分と答えさせて頂きました。技術相談とかキャリア相談とかの練習をしようと思っていたのですが、想定よりも恋愛系のご質問が多いです。「もう恋なんてしない!」……「なんて言わないよ絶対」を繰り返してしまう人間に何を期待してるの?って思いつつも、「傍目八目」もありますね。

 男女の事なんて俯瞰で見たらいつだって滑稽だし、ネットの距離感は俯瞰で見るためにあるんだからという持論は我ながら正しい気がします。良くも悪くも当事者性を持つべきものとそうじゃないものを切り分けて、アイロニカルであったとしても没入していく事が大切なのかなって思います。ご質問ありがとうございました。今後とも、よろしくおねがいします。

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きっとそれは「僕じゃないんだ」 とか

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