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太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

今日の自意識や承認は現金を証拠金にしたレバレッジを必要としている

photo by Nils Geylen

今日の承認は現金によるレバレッジを必要としている

 こんな具合に、自意識を充たしたがるブログがはてなダイアリー内外には沢山存在していた。自意識を今風に言い換えるなら、承認欲求でだいたい合っているだろう。テキストサイト時代~ゼロ年代のインターネットにおいて、アクティブユーザーの主たるモチベーション源は承認欲求だった。

 でも、現在の“ブログフィーバー”はそうじゃない。
 自意識の托鉢・承認欲求の托鉢は終わり、現金の托鉢が始まった。

 id:p_shirokuma 先生が「カネ臭さを隠そうともしないブログ」について、求める自意識や承認欲求から現金に変わったという分析をしているけらど、僕自身はすこし違う考えがある。と、いうのもブログを毎日せっせと更新して数万円かそこらを得られたって、普通に考えたらアルバイトをした方が時給がよい。知名度や媒体によっては1記事でもらえる報酬額だろうし、コンビニ夜勤なら3日ちょっとだ。もっと効率のよい稼ぎ方はいくらでもあるように思える。

 しかし、それでも好きな事を書いて現金が得られたという事実こそが承認の陶酔にレバレッジをかけて燃やす燃料になる。今日ではリアルな陶酔感を伴う自意識や承認を得るためにも現実を模した即物的な数値が必要になっている。アフィリエイトガチ勢や本当に困っている人々を除いた銭勘定はそういうところにあるのだろう。

承認そのものよりも現金の方がモチベーションが安定する

 昨今では、学生団体であれ、社会人サークルであれ、収益をちゃんと考えて活動計画を立てることが多い。傍目にはママゴトにしか見えない理屈であっても、先行者の現金や豪華なパーティなどの衛生要因的な報酬をニンジンにすることで、安定したやり甲斐搾取を生み出している。ポエム化するやり甲斐そのものの先にあるのが虚無であるというネタバレがなされ、すぐに燃え尽きるというコンセンサスが得られてしまったが、将来の現金をちらつかせてモチベーションを先食いすることはできる。

 いくらポジティブ幻想FX口座に10倍のレバレッジをかけて、100ブクマが1000ブクマになることを妄想しても食えるビジョンが全く見えてこない。しかし、3万円が30万円になるなら、好きなことだけで生きていけるビジョンが見えてくるし、10倍にするためにすべてを捨てさる言い訳もたつ。最初から一銭にもならないことを10倍にするよりも、倦怠感を覚えにくいし、踏ん張りが効く。未来に描かれるであろうグラフの先が妄想できれば何者かになれるのだ。

 「ウケを狙った記事作成に飽きてからのモチベーション」について、イケダさんからの回答としては非常に明快な前提があって、つまり「プロブロガー」なんだから、そもそもモチベーションの有無に影響されないようにしているという事です。「ブログで食べる」という生き方をしているのに、「モチベーションが……」なんて事で足を止めてしまえば生活に直接的な影響が出る。それは確かに。

 通常の趣味であればハマるほどに数万円の出費が必要になるのに、ブログであればハマる程に数万円のお小遣いが逆に手に入るというスキームにあるわけで、その逆転については僕自身も不思議な感覚を覚える。ゲームであれば「スコアを自慢して出費の元を取る」のに、ブログであれば「スコアを自慢して二重に取れる」のだから、得意になって報告する人もいるよなと。

承認を差し出すコストパフォーマンス

 そのうえで、互助会による返報性の法則であれ、理想化自己対象であれ、ロハの承認を餌にして現金を釣りあげるプレイヤーが混じるエコシステムにおいては金の匂いをさせるほどに承認欲求を満たしやすくなる。他人を褒めるのは無料だが、自分のブログを取り上げてもらえば広告収入に換金できる。

 今日もどこかでブログやSNSやOFF会で絡んで自分のブログを取り上げてもらおうとインスタントな関係性の構築と現金化を指南するクソみたいなノウハウが語られる一方で、それを受け取った側がベタに喜ぶのも自由だ。「承認」を与えることや得られることの意味はひとによって違う。

 しかし、何をコストとするか、パフォーマンスとするかについて個人間で異なるのにも関わらず、「同じブロガーなんだから基本的には同じような価値観を共有しているだろう」という前提に立ってしまうと、その手段として表出する部分に違和感を感じる事になる。

リアルな証拠金がなければ陶酔しきれない

 形のない承認に対する実感を得るためにこそ現金のやりとりが必要となる文化圏がある。僅かな現金をもらうという事実にレバレッジをかけて満たされる承認欲求と、間接的に現金を与えることで買える承認欲求。ブロゴスフィアの一角は現金から作られたブランディングを証拠金にしてより大きな承認を得るための承認欲求証拠金取引市場と化しているのだ。

ある種の勘違いをしなければリスクを伴うチャレンジができないし、絶対にできることをばかりをしていたら成長もできない。自己認識が正確すぎてポジティブな勘違いができないことこそが、無力感を引き起こしているのだ。

 つまり、現代社会は承認に飢えすぎているからこそ、直接的な托鉢だけでは間にあわなくなって、もうすこしだけ現実的な根拠が必要となる。どんなにレバレッジ倍率を夢見がちに設定していても、元になる証拠金がゼロであればゼロだという事実を学習すれば、次からは自意識や承認に対してリアルな証拠金を求めるのも極自然な価値観なのだろう。

「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?― エレファントブックス新書

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