太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「ゴブリン族の贅沢」としての外食コスパ最適化計算

「孤独のグルメ」をしていない

 ここの所「孤独のグルメ」をあまりしていない。昼食は何か買ってきて社内で食べてしまう事が多いし、夕食も家で食べたい。休日も複数人での予定があるか、家に引きこもっていたいわけで、孤独に小旅行をして何かを食べるという機会が随分と減ってしまった。

 そんな中で『食の軍師 1』みたいな漫画を読むとムクムクと孤独のグルメ欲が湧いてくる。人と話しながら食べる時は、どうしても料理は二の次になりやすいし、皿をシェアすることもできる。それに対して孤独のグルメの場合は注文内容や食べる順番や調味料による味変に拘って、あれは良かったとか、あれは失敗だったとかウジウジ考えるのを含めて楽しむものなのだと思う。自己との対話だ。

手持ち無沙汰だからこその観察力

 厨房を覗くのも楽しい。ここまでは仕込んであって、この部分をその場でやるんだなってのを知ったり、タイマーを普通に使ってるんだとか。手持ち無沙汰だからこその観察力だとか、計算高さみたいなものがある。それだけ余裕があるという事なのかもしれない。

 『孤独のグルメ【新装版】 (SPA!コミックス)』の五郎ちゃんはお酒が飲めないからこそ、居酒屋に行って「ご飯があれば全てがおかずとして立ち上がってくる」が出来るのだけど、僕や『食の軍師 1』においては「お酒があれば全てがつまみとして立ち上がってくる」になる事も多い。蕎麦屋で「台ぬき」を頼むのなんて、酒飲みだけであろう。

ゴブリン族の贅沢

 『すき家の『1000円フルコース』が究極の贅沢すぎる件 / 千円札一枚で大富豪の気分に | ロケットニュース24』なんてのが話題だそうだ。「ゴブリン族の贅沢」なんて言われてるけど「見慣れた場所で変わった事をする」というのは一種のデペイズマンであり、ワンオペ問題や日本経済に思いを馳せながら1,000円で無双できる感覚も必要だろう。「価値=機能/コスト」である。ファミレス呑みも好きだ。

 食事についてのコストパフォーマンスを気にしても実際的にはあんまり意味がないからこそ、過剰にゲーム化されている側面はある。なんていうか、カードゲームなどのコスト計算が好きすぎて「げんじつ!」にもそれを適応してしまいがちなのである。赤単速攻とか楽しいよね。でも、だからこそ、たまには蕩尽したくもなるのだけどね。

食の軍師 1

食の軍師 1

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