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『ゴーン・ガール』感想〜完璧なエイミーのために塗り替える記録と現実

今週のお題「ゴールデンウィーク2015」

 GWは実家に戻ってきていて暇なので映画を何本も観ている。ボンクラ映画が多いのだけど一本ぐらいはまともなのを観ようと『ゴーン・ガール』を借りてきた。『ミステリー好きで『ゴーンガール』を見てない人類なんて… | ネットラジオ BS@もてもてラジ袋』で聴いて気になっていたのだ。

結婚5周年の記念日。誰もがうらやむような幸せな結婚生活をおくっていたニックとエイミーの夫婦の日常が破綻する。エイミーが突然姿を消したのだ。部屋は荒らされ、キッチンに残されたエイミーの大量の血痕から警察は他殺と失踪の両方の可能性を探る。憔悴した表情で行方のわからなくなった妻を心配する夫ニック、だが彼にも捜査の手が及び窮地に立たされる。妻エイミーに何が起きたのか――。

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 「エイミーに何が起きたのか?」という一般的な映画のオチにあたるような大掛かりな仕掛けが明らかになってやっと序盤という構成。いくつもの伏線が回収されていったり、「心変わり」の流れに脱帽するのだけど、「輝かしい記憶のために塗り替える記録と現実」といったモチーフが気になった。以下にネタバレを含む。

完璧なエイミーと紳士的なニック

 失踪したエイミーは両親が執筆した『Amazing Amy(完璧なエイミー)』という絵本のモデルであり、ロザムンド・パイクが演じる。「絵本の中の私はチェロの天才で、バレーボールの代表選手。本当の私は直ぐにやめてしまったというのに」という台詞のとおり、現実との重ね合わせのフィクションとして記録されてきた出来事と現実の乖離に苦しみつつも、ハーバード大学を卒業し、美貌や頭脳や財産など誰もが羨む地位を手に入れたライターである。

 ベン・アフレックが演じるニックもライターであり、「いつでも紳士的であれ」という母の教えに従うように曖昧な笑顔を浮かべて感情を飲み込む癖がついている。それがまた「妻が失踪しているのに笑顔」という形で叩かれて窮地に陥り、捏造された「日記」「クレジットカード記録」「血痕」などを証拠に逮捕される。一点の事実をもってして展開された妄想がすべて事実であるかのように決めつけられる恐怖感。

 そこで、性犯罪者として逮捕された男やストーカーとして逮捕されたデジーなどの過去の恋人達の姿であったり、日記や犯罪を捏造する姿を描いてエイミーの過剰なまでの現実を塗り替える能力や執念が明らかになっていく。

 「ライター」として断片的な事実を任意に再構成して、足りない部分を補い、印象操作を行って皆の記憶を「完璧なエイミー」のために作り替える。サイコパスであり、ソシオパスでもあるのだけど、とても厄介なのは妄想と切り捨てられない程度の整合性や社会性を保ったままで「証拠」を改変・捏造して揃える能力が高いということだ。女性としての魅力も使う。

輝かしい記憶のために塗り替える記録と現実

 最近、「偽ライフログ」に興味がある。Facebookなどにポジティブな活動を「盛って」記録し続けてる人々が不思議だったのだけど、後から読んだ時に「今の自分の気持ち」を高めるために使えるのかもしれないと気づいた。僕自身も仮想人格を憑依させて書く事が多々あるのだけど、それが「本当の気持ち」だったと後から思う事があるのかもしれない。記憶なんて放っておけば都合よく改竄されていくのだから、出来る限りの整合性を満たしながら偽の記録を続けていれば、現実認識の言語論的転回を起こす儀式となる。

 『メメント』という映画では、自分の記憶が10分間しか保たないので、体中に記録を書いていくのだけど、まさにこの「偽の記録」が鍵になっていたりする。10分間は大袈裟だけど、10年経てば詳細を覚えていない部分も出てくるのではないか。最初から恋心なんて抱いていなかった。このブログは未来の自分や周りの人々の心を守るために「偽ライフログ」という「鎮痛剤」を生成していく物語である。

 奇しくも、そのような事を過去に考えていて、僕自身はどうしようもないクズなのに「ええ格好しい」だから偽記憶のために偽記録を重ねてきた側面がある。そこには「自己言及」にとどまらずとも記号化可能な実績を積み上げていて、自分自身ですら騙されるようなタチの悪さがある。その上で「失敗した」という記号を重ねないために、曖昧な笑顔で感情を飲み込んできた。人は一般論ではどこにもいけないのに罪の意識を規範にアウトソーシングしてやれやれと肩を竦める。

 つまり僕自身には「完璧なエイミーと紳士的なニック」の両面の性質があって、なんなら半分は騙されていると理解しながら舞い上がって迷走して殺されるデジーも僕自身である。それらの性質は誰しも多かれ少なかれ持っているとは思うのだけど、チクチクと胸が痛みながら曖昧な笑顔を浮かべて枕を殴る。

「ありのまま」をすげ替える

 もちろん「決断」とは誤った判断を後から正しいものにする努力の事であるのだから、輝かしい記憶のために記号的な現実を塗り替えていく努力は素晴らしい。まさに「あるべき姿=現状+課題(=解決策)」である。ただ「あるべき姿」を達成すること自体を目的にすれば何をしてもよいという話ではないし、現実から乖離した記録は毒になることもある。正直な事をいうと昔から夫婦生活や子育てを中心にした実録漫画やブログに心がざわつく事があるのだけど、自身にそういう歪んだ認知があるからなのだろう。

 などという色々も実は後付けの他罰思考にすぎなくて、彼女が『ゴーン(=いなくなった)』しようと思ったのは、そういうシガラミをリセットしたかったからなのだろう。太って髪を染めておばさんになって別の街にいくのもまた「ありのままの自分」ではないのだけど、普段とは異なる記号構成を装うこと自体に価値を見出している。

 だから事件を経てニックが好みの記号構成になってくれたと確信したら、また「ありのままの自分」をすげ替え直すために戻ってくることにも躊躇がない。ニックがそれに気付いても、公共の場では曖昧な笑顔をせざるを得ない事は織り込み済みである。そこに介在する殺人や証拠の捏造など「さきほどまでの現実」を切り離すための陳腐な解決策にすぎないのだ。彼女は輝かしい記憶のためにいくらでも記録と現実を塗り替える。一時的に達成された「完璧なエイミー」が現実という重力に引かれていっても、また。

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