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太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「悪意はなかった」という免罪は自身の無能を明らかにする

photo by alandberning

進捗ダメです!

 どうにも平日が忙しくて、週末に溜まっていたタスクを一気に消化するというサイクルになっているのだけど、昨日は体調が優れなくて、ずっと寝ていた。晩飯を食べに居酒屋にいったら酒を呑んでしまい。また寝る。あっという間に溶けていく待望の週末。

 この記述は一面では正しいけど、もう一面からは正しくない。ずっと家にいた時期には在宅作業も捗っていたのだけど、家にいる時間が減って、帰ってきたら寝るという状態が続くと「家ではリラックスする」という条件付けスイッチができやすい。日曜日に予定を入れていなかったことも織り込んでる……という言い訳もまたウソで、大した能力もないのに怠けてたから進捗がダメというシンプルな話だ。

「治せるもの」として考える逃げ道

 何かがうまくいかないと無意識のうちに理由を探して、その理由さえ取り除けばうまくいく思ってしまいがちだけど、大抵はそれだけではない。私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い。体調不良や環境を言い訳にするのはよくないのだけど、「治せる」ものとして考えないと絶望が深くなるだけという側面はある。

最近のマイブームは、もくもく会。もくもく会とはギークハウス発祥の文化であり、集まった人たちで各自黙々と作業をしたり、ときどき雑談したりをする会。

 ファミレスもくもく会は、怠け癖の発露を抑制するのに今のところは有効だけど、根治治療ではない。だけど、お手軽な解決策で治せる可能性のある言い訳を考えて、予定調和的な解決パフォーマンスを行うことで気分だけはマシになる。そして気分の問題は自分にとっても、他者にとっても重要である。

悪意のない悪は治しにくいけど向き合いたい

 「お手軽に治せる」という観点に立つと、「よかれとおもって」「悪気はなかった」という言い訳は難しい。悪意があってやっていた不愉快なことは悪意が消えれればなくなるはずだけど、悪意を持たずにしていたことが明らかになると根の深さを感じる。「悪意のないのが本当の悪」というやつだ。「無能で十分説明されることに悪意を見出すな」というハンロンのカミソリによる免罪を適用してもらうほどに「無能」という治しにくいレッテルと向き合うことになる。

 だけど、本当に向き合って矯正すべきなのはところはそういう部分であって、お手軽な再発防止策では繰り返してしまうことを優先的に考えるべきなのだろう。気分は沈んでしまうけれどね。結局のところで自分が治したいのは気分なのか、それ自体なのかで適した解決策は異なる。ペインクリニックと根治治療の関係において、ペインクリニックの効用をバカにしすぎるのも違うが、そればかりしていても麻酔はだんだん効かなくなる。

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!(1) (ガンガンコミックスONLINE)

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