太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

健康とは「不自然だけど、いちばん都合のいい状態」

photo by urban don

健康とは「不自然だけど、いちばん都合のいい状態」

 5月も終わり。眠いので、午前中は寝て過ごした。勿体無い。5月だとは思えないぐらい暑くなっていてエアコンをかける。『寒いのに暖房が壊れているから家の中でも寝袋で寝てるけど、これって家の中でiPhoneを使うのに似てるよね - 太陽がまぶしかったから』なんてことをやっていたのも今は昔。実家には壊れていないエアコンがあるから健康で文化的な生活が送れる。そういうもんだろ?

 岡田斗司夫が、『「美と健康」健康は不自然 - FREEexなう。』において「健康とは不自然だけど、いちばん都合のいい状態」と書いていてた。「自然」であることを維持すれば、乳幼児はすぐに死んでしまうし、平均寿命が短かかった江戸時代以前に戻ることになる。医療や上下水道という「不自然」な施策があるからこそ健康を維持しやすいのは明白な事実だ。

 もちろん「健康」においては、不自然であることは必要条件でも、充分条件でもない。それでも「自然」であることが「いちばん都合のいい状態」と短絡するのは誤っていると言う事が出来る。この思考フレームは「ありのまま」や「本当の姿」にも敷衍できる。「ありのまま」であること自体は目的ではないし、その逆があるわけでもない。つまり関数従属性はできるだけ正確に見積もる必要がある。

「信用されよう」としちゃぁいけない

信用されることは、とてもよいことだけれど、「信用されよう」としちゃぁいけない。つまり、自然にあなたがやっていることが、人に信用されているということなのだから、「信用されよう」としてやっていることは、ただの「中身のないカタチ」になっちゃうから。 たぶん、人間は無意識でそう思ってて、「信用されよう」としている人の集めた「信用」と、「信用されよう」としてない人の得ている「信用」とを、嗅ぎ分けているのだろう。

 信用されようとしてやっている事は僕に限らずクサくなってしまう事が多い。もちろん内心に忖度しても仕方がないから言わないけれど、そのクサさが実際の行動よりも勝っているように見えるのであれば逆効果になっているのは同じだ。でも、可愛い娘にクサい行動をされると逆に嬉しくなってしまうのだけどね。僕なんかのために信用されようと努力してくれるなんて。

 なんていう不合理で頭の悪い認知バイアスがあるのは前提であって、それを織り込んで行動できないならやっぱりアレなのだと思う。認知バイアス自体を悪いと糾弾しても、信用とか、ましてや友愛には結びつかない。

 「悪いもの」「ないもの」と見なしても「都合のいい状態」にはなれないし、逆に認知バイアスのみを考えても結びつかない。人間は本能の壊れた動物であると言われるが、意図や行動を再帰的に意味付け、関連付けてしまうこと自体が本能に基づいたものであるとも言える。「いちばん都合の良い状態」のためにはそれらを乗りこなす必要があるのだ。

ただやせても健康でなきゃ意味がない

ただやせても健康でなきゃ意味がない

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