太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

村上春樹の著書までKindle化されてますます縮小される本棚

村上春樹の著書が順次電子書籍化

 ずっとKindle化されていなかった村上春樹の著書が随時Kindleで出版されていくことになった。まずは『走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)』が発売開始されたので早速購入した。ポイント50%還元。

 今のところは僕はまだ音楽とコンピュータをからめたくはない。友情や仕事とセックスをからめないのと同じように。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 奇しくもこの本は、ランニング中のiPodは便利だけど使わないという宣言をしていた本であった。音楽については2010年に「転向」しており、直近ではキンドルの利用まで公言するようになっていた。

 村上春樹は『ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)』の執筆の頃からワープロを利用しており、それからMacで執筆するようになった事は知られています。それでも文章や音楽を「体験する」ための再生機器については、コンピュータと絡めたくないのだろうと推測していたのでバッグに入れて持ち歩くものとして「キンドル」という単語が出てくる事に椅子から転げ落ちるほど驚きました。「本とか」と2回出てくるのはせめてものアピールでしょうか。

 このことついて、ハルキストと村上主義者のどうでもよいが故の本質的な違いなどを考えていたのだけど、ついにKindleとして著者が発行されるとなると感慨深い。

どんどん縮小されていく物理本棚

 懐かしのライトノベルや漫画は大抵Kindleで買い直している。今の部屋には本棚がないし、実家の部屋からも順次本が消えていっている。

 居住スペースを優先するようになったし、本棚の整理や本のメンテナンスや移動に時間を取り続けるわけにもいかない。電子書籍ならソートも一発だし、付箋や検索もすぐに探せるし、旅行先に読み切れない量の本を持っていける。自分のなかでアナログなミニマリストとデジタルなマキシマリストが同居しているのだ。

 CDで音楽を買わなくなり、DVDで映画を買わなくなり、紙の本も買わなくなった。本当にそれでよいのかと思うこともあるのだけど、この流れは止まらないのだと思う。村上春樹の著書までKindle化されてますます縮小されていく本棚に対して寂しさを感じつつも、いつか紙の本を読む感覚すら忘れてしまうのかもしれない。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)