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太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ミニマリストは目指すもんじゃない。実家出戻りをしたら「つよくてミニマリスト」が勝手に開始されちゃうんだ

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なろうミニマリスト!

 ここのところでミニマリストになりたいという記事がでていた。きっかけになった炎上記事については、あんまりピンと来ていないのだけど、「ミニマリストを目指す」については思うところがある。

 上記のような記事は100日前にも書いていた。僕自身は10年間以上の独り暮らしをしていたのだけど、職場の都合とかアレとかそれとかまぁ色々な問題があって、いったん実家に出戻ったのが昨年の4月。そこから転職や転居の紆余曲折があって結果として今年の4月から独り暮らしを再開しているのだけど、その過程で「リセット」をしている。

いらない何も捨ててしまおう

 家具や電化製品の業者運びだし作業を明日にしたので仕分け作業をしている。ひとつひとつをオークションでさばいたり、粗大ごみの受け渡し作業をしていくも難しいので、軽トラックに積み放題で処分してもらえる業者を使うことにした。単品の見積もり依頼もすら面倒だったので、とりあえず軽トラ2台に来てもらってひたすら積み込んでもらうプラン。ベッドやテーブルの解体なども含めてやってもらえるので全部をひっくるめて金で解決する方が気楽だ。合計49,600円。PS4が買える。最終的にはリサイクル品として売られたりもするのだろう。記念に処分品をまとめておく。

 アイキャッチ画像は実際に処分した家具や電化製品の一部だ。そんな経緯があると「ミニマリストを目指す」という前段階から、勝手に「ミニマリスト的なものになっていた」という状況のが正しい。実際に全部を捨ててみると特に「ミニマリスト」という言葉を意識せずとも無駄や過剰さを避ける指向にならざるをえず、「つよくてミニマリスト」が勝手に開始されてしまうのだ。

つよくてニューゲームが故のミニマリスト

 実家暮らしの時点ではまだ物理本が残っていたけど、電子書籍やクラウド基盤も整備されたので、現在の部屋には物理本すらおいてない。それは、それだけの物質的な基盤が自分の外側に整っているからでもある。調理器具をもっていないのは外食ができるからだし、固定回線を引いていないのはモバイル回線があるからで、自身で所有しないことと必要ないことは必ずしも一致しないし、個々人でライフスタイルが違うからこそ成立する。

 そういうことが分かるのも実家出戻りからの独り暮らし再開という「2週目」をプレイしていることが大きい。『バトルロワイヤル』でいうところの山本太郎。クロノトリガーで言うところ「つよくてニューゲーム」である。それは決して良い意味ではなくて、まだそんな段階で消耗しているの?という話にすぎない。

実質的な価値を高めたい

 その一方で、無駄なことを含んだ経験や消費を経ずに見極めることが出来るのだろうかとも思う。たくさんの無駄をしてきたからこそ、ここまでは大丈夫で、これは別にいらなくてということわかるし、程度が重要だったり、代替機能がないことには対価を惜しむべきではない。

 僕個人としては「価値=機能/コスト」というパラダイムにおいて、あくまで装飾的な部分やそれに伴うコストをできるだけ削ぎ落として実質的な機能を優先したいというスタンスにある。そこで「高価なものは良い」というのもまた思考停止である。もちろん、明らかにしなくてよい苦労もあるし、近しい他人以外がどんな指向なのかはどうでもよいのだけど。

節約ライフハックブロガーとして

 というかねー、僕が節約ライフハックとかデフレ飯について書いているのは、最近のミニマリスト熱に影響されているのではなくて、当初から節約ライフハックとか底辺グルメのことばかり書いてるブログだったし、2013年には『セツヤクエスト最終章 ~選ばれし者たち~| ライフネット生命×マネーフォワード×はてな』で2位になって、株式会社はてなのオフィスに招かれているし、お茶の件は墓場に持っていく。

 ぼかぁその時点で、家の中でも寝袋で寝ることを提唱したり、ドヤ街移住体験について体系化したり、 人生がときめく片づけの魔法に1.2万字の書評を書いたりしてんだ。こんまりにときめかされて人生が片付いたのはお前だけじゃないんだぞぉ……でも、ゆるりまい氏は知らなかったので勉強不足か。ともかく、僕はずっと以前からミニマリスト的な指向が好きだし、党派性とかないのに語りにくくなるもアレだ。

 それはそれと「貧困からのミニマリスト」とか「職場でうつになったから好きな事で生きていく」のような、本来的には無理やり選ばされたのであろう選択肢までも「敢えて掴みとった」としてみせる欺瞞性について、それが自己を奮い立たせるためのものであれば、ポジティブ社畜も同じ構図にあるわけで、殊更に自己欺瞞だと暴き立てても無限の虚無しか残らないんじゃないかとも思う。程度はさておきラリっていかねば兎角この世は生きづらい。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

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