太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「書けないこと」を減らす必要性はあるのか

photo by scalespeeder

「書けないこと」を減らす必要性はあるのか

 金曜から忙しくて、ちょっと電池切れになってきてる。今日は朝からリバ邸渋谷でブロガーミーティングだったのだけど、懇親会の時に寝そうになっていた。ゆっくり風呂に入ってしっかり眠ろう。レポートについてはまた後日書く。

 実家に持ってきた荷物の整理はまだ出来てないし、本業は遅延気味だし、他に考える必要のある事も色々と出てきた。決して絶対量としては多くないはずなのだけど、自分の活動可能時間とのバランスを考える必要がある。

 ここの所、あまり頭の働いていない時間が増えてしまって、「書けないこと」が多くなっている。過去に「書けないこと」について分析した時には以下の様なパターンがあると考えた。

  1. 泡沫のネット話題にイッチョガミしてくのは「(動機として)書けないこと」が増える
  2. 内発からでは「(能力として)書けないこと」が増える
  3. 外に行くと「(機密や文脈依存として)書けないこと」が増える
  4. ネットのみの人間関係が濃くなると「(不毛な面倒が増えて)書けないこと」が増える
  5. リアルを交えた人間関係が濃くなると「(機密や文脈依存として)書けないこと」が増える

 でも、そんな理由よりも単純に時間が不足しているだとか、疲れているみたいな部分も重要なのだろう。または他の媒体やリアルで考えたり、達成感ができたり、コミュニケーションが取れたりしてしまえば、わざわざブログを更新するモチベーションも減ってくる。有名ブロガーが書籍出版したりすると告知的な更新しかしなくなってしまうなんてパターンがあるのだけど、そういう状態に低いレベルでなってしまっているのかもしれない。でも、もちろんブログなんて手段であって目的ではないわけで、「書けないこと」を減らす必要性があるのかは難しい所がある。

今日のお言葉

 掃除には「面白くないけど、やらなきゃいけないこと」だから楽しくしようという論理がある。でもブログは基本的に「やらなきゃいけないこと」ではない。今日のブロガーミーティングのテーマが、まさにブロガーが挫折しにくくなるような支援ポータルサイトが作れないかみたいな試みだった。

 浅い理解のうちに下す「私にはブログしかない」みたいな気負いも、「私はブログが苦手」という判断も当たっている可能性は低いのだから、そこまでの仕組みは必要なのだろう。その一方で、そこから先の部分については、無理にブログを書く事自体が面白くなるような仕組みを用意するのもまた違うのかもしれないとも思っている。「書けないこと」が増えるほどブロガーとしては落ちるのかもしれないけれど、リアルの問題と向き合っていたり、それとは別の楽しい事を見つけている場合もあるわけで。

 プロブロガーや、それに付随するような仕事をしているのであれば、そんな事は言えないのが当然なのだけど、「書けないこと」が増えてきた時に待ってあげるとか、罪悪感を抱かせないとか、ブランクがあっても気軽に戻ってこれるみたいな仕組みが良いのかもなんて事を思ったりもした。それは「サードプレイスとしてのブログ」を考える時に必要になってくるのだろう。

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