太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「手早く書いた」とかコスパを主張するサラリーマンブロガーは超ダサい

photo by ToGa Wanderings

サラリーマンブロガーが超つまらないとか

何かと言うと、会社員は「攻められない」んです。会社を、同僚を、クライアントを、自分を、守らないといけません。彼らは誰も傷つけることができません。

 いつもの芸風だなぁと思いつつも、反応を引き出せるだけの「影響力の魔法」が羨ましくもある。実際問題としてサラリーマンをやっていると業務に関係する記事が書けないとか、取材記事が書けないとか、そもそも時間が取れないとかの要因で書けないことが多いし、昼夜問わずの論争とか、職場への電凸の可能性などは避けるべきだという自己規制もある。

ブログなんかよりも大切なものは沢山ある

何か子供にあるとすぐブログに書く、物を買うときは私の意見よりもブログ受けするかを優先する(彼女は別のベビーカーが良かったらしい)、どこかに出かけたら旅ブログ、何かを食べに行ったら食ブログ、喧嘩してもブログ、ブログ、ブログ…。

有名人でもないのに、私生活が周りに筒抜けなのが苦痛なのだと彼女は言う。

 フリーランスかどうかに関わらず、周りの人を勝手に登場させたりするのもアレだと個人的には思っているので、ネットの人達以外の「他者」を登場させないというポリシーもある。個人間の出来事や問題について、都合よく改変されて第三者的に伝えられると改善や解決の芽が潰れるし、直接的にされなくても「そういう人」フォルダに入れてしまうので、自分からはしない。

①クリエイターは必ず、環境の影響を受けます。
②クリエイターには、「人と違うこと」が求められます。

この2つの真理から導き出されるのは「サラリーマンは大衆であるがゆえに、どれだけ頑張っても他の人と同じようなことしか書けない」という帰結です。

 そういう意味では自己規制のベクトルが違うのだろう。「ブログを面白くさせるためには何よりもまず人と違わねばならない」という自己規制と、「ブログなんかに悪影響を及ぼされたくない」という自己規制。

 前者は収入分へのリスクをコントロールしようとし、後者は損失分へのリスクをコントロールしようとする。僕自身はブログで何も得るものがないとは言わないけれど、理解のないひとに自慢できるような趣味でもないので、ブログ内にとどまらない損失のリスクは小さいほうがよいと考えている。

「サラリーマンブロガー」って肩書きは超ダサい

 そんなわけで色々な制約があるのは事実だけど「時間がないので手早く書いた」とかサラリーマンであることを免罪符にしながら「なのに面白い」と言って欲しげな顔をしているサラリーマンブロガーは超ダサい。サラリーマンがブログをやってるのは普通だし、ネットにいる時ぐらいサラリーマンであることを忘れてブロガーと名乗るのはよいのだけど、勝手な制約を主張してのセルフ・ハンディキャッピングに読者を巻き込むのはアレ。その点では15分で書いていると主張する師も同じ。

 この事はブログの運営のPVやアフィリエイトなどのノウハウ需給関係が主コンテンツとして成立する文化圏についても感じていて、つまり「いかに苦労しないでアクセスやお金が稼げるか」という勝利条件が趣味としてのブログをやっている人とズレているから違和感が表明されるという図式だ。

 「週末Webプランナー」とか名乗っている自分にもブーメランだし、僕自身もちゃちゃっと記事を書いていることは多いのだけど、それを殊更に主張すべきでもない。「こんなに雑に書いたにしてはマシでしょ」という提供者視点のコスパ意識がスパイスになりえるのは、自分と似たような書き手やワナビーばかりがペルソナになっているからであって、どこまでいっても読者不在の駄サイクルだよねと。駄サイクルは駄サイクルで悪くないけど「それにはしては面白いでしょ?」って物欲しげだったり、書き手側に媚びた方がシェアなりブクマなりをされやすい現状はどうなんだろうね。