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岡本欣也『「売り言葉」と「買い言葉」心を動かすコピーの発想』〜それを伝えられた人はどうしたくなる?

コピーライターは「翻訳業」

 本書は「日本郵政」や「キリン」などの広告を手がけた事で知られるコピーライターの岡本欣也氏による「コピー」の解説書である。そもそも「コピー」とは広告内で使われる言葉であり、見出しにあたる「キャッチコピー」、補足説明をする「ボディコピー」「ナレーション」、ブランドを内外に伝える「企業理念」などを包摂する。

 これらの企業が世間に広く伝えたいと思っていることを、より伝わりやすい言葉に変える。コピーライティングとは言わば、企業と世間とを橋渡しする「翻訳家」のような仕事でもあります

 コピーライターと言うと「キャッチコピー」の事ばかりをイメージしていたのだが、それだけではなく、企業と世間のコミュニケーションを円滑にすること全般を指すと今回知った。

「売り言葉」と「買い言葉」とは?

 本書のタイトル自体に、「詳細を知りたい」と思わせる力がある。この「売り言葉」と「買い言葉」は、「相手の暴言に応じて、同じ調子で言い返す」といった辞書的な定義とは、もちろん異なる。

 どういうことかと言うと「売り言葉」とは、売り手の目線で書かれたコピーのことで、「買い言葉」とは、買い手の目線で書かれたコピーのことだと定義してみたのです。そのうえでコピーライターの先達たちが長い広告の歴史の中で積み重ねてきた膨大な量の仕事を眺めてみたところ、いままで気づかなかった発想法が見えてきた。

 つまり、企業目線で売り手側の主張をストレートに表現しているのが「売り言葉」であり、消費者の目線に立って一見しては何の商品の広告なのか分からないコピーになっているのが「買い言葉」であるという。元々は氏のトークショーで使ったネタだそうだ。

「売り言葉」と「買い言葉」の傾向

 「売り言葉」の代表例として挙げられているのが「うまい、やすい、はやい」という吉野家の企業スローガンであり、企業が消費者に対して何を提供できるのをシンプルに伝えるようになっている。本書によれば、1970年代までは「はやい、うまい、やすい」の順、1980年代〜1990年代では「うまい、はやい、やすい」だったそうで、だんだんと「うまい」と「やすい」を訴求するようになった変遷が見て取れる。牛すき鍋膳が出来てからは「うまい、やすい、ごゆっくり」まで提示しており、「はやい」への優先順位がますます低くなっているという姿勢を消費者ながらに内面化する事ができる。

 「買い言葉」と言えば糸井重里氏であり、その代表例として「くうねるあそぶ。」という日産セフィーロ(乗用車)のコピーが挙げられている。このコピーだけでは、なんの商品を意味するのかが分からないが、ボディコピーや広告本体の説明と重なり合うと、途端にこの車が魅力的に感じられるような効果がある。車との「ギリギリの距離感」が消費者の想像力を掻き立てるわけである。

 広告の出始めの頃は「売り言葉」ばかりだったのが、1980年代を境に「買い言葉」が多くなり、また「売り言葉」に戻ってきていると本書は主張する。たしかに、「ユニクロのフリース1900円。」や「大きさ以上に大きく進化。」など、事実そのものが大きな訴求ポイントになる商品が増えており、もはや商品のイノベーションそのものが「コピー」の主体になりつつあるのだろう。逆に差別化を主張しにくい商品においては「マンションポエム」などと言われるように「買い言葉」化していく傾向があるようだ。

それを伝えられた人はどうしたくなる?

 コピーは、「AIDMA」や「AISAS」などで表現される消費者の心理のプロセスを促進されるために利用されているわけで、購買行動などの「行動」にコンバージョンしなければ無力である。なので「売り言葉」と「買い言葉」のどちらが優れているか?という話ではなくて、「どう行動してほしいか?」によって「どう伝えるか?」が決まってくる。

 コピーライターの先達たちは、どうすれば人の興味を引くことができ、どのようにして意図を正しく理解してもらい、その商品を買ってもらえるのかを考え、そのためのありとあらゆる工夫をしてきました。ときにわかりやすく、ときにおもしろく、あるときはやさしく、あるときは脅すようにアプローチすることもある。そうやってさまざまな状況に合わせて言葉を使いわけながら、お客さんの欲しいと思う気持ちをぐっと押したり、そっと押したりするのです。

「売り言葉」と「買い言葉」をふだんのコミュニケーションで意識して使いわけている人はもちろんいないでしょう。でも実際には無意識のうちに、たとえば会話をするときなど、自分の意見や要望をストレートに伝えたいときには「売り言葉」を使い、自分の望みや意見を隠して相手を自然と行動にうながしたいときには「買い言葉」を使っているはず。

 「売り言葉」として、他の商品との違いを訴求したり、新しい仕組みを提案したり、「〜しよう」と呼びかけたりもすることもあれば、「買い言葉」として「あなたの事を分かってますよ」と寄り添ってみたり、想像の余白を大きくしたり、ポエムによって「しみるコピー」を作ってみたりも出来る。

 だけど、一番重要なのでは「それを伝えられた人はどうしたくなる?」を意識する事である。僕自身も新入社員の時に「感動とは感じて動くこと。どれだけ綺麗な資料を作ったり、ロジックを詰めたとしても人を動かせない提案は無意味」と言われた事があって、心の奥底では意識しているつもりである。

 本書では様々な名作コピーが挙げられ、その意図や効果が紐解かれていくことで言葉の持つ「影響力の魔法」に気づかされたりもする。これらの事はブログにおいても単発で「シェア」される事以上に大切な要素となるし、もう少し踏み込めば、読んで頂いた人に「どうしてほしいのか?」を意識する事が必要になっていくのだろう。

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