太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

一人暮らしが快適になるための家事能力が高まるほど結婚生活は大変になる

家族の大切なモノを捨てる事案

 家族の大切なものを捨てて関係性が崩れるという話が定期的に話題になる。以下は有名な2chのコピペだ。

私は夫のコレクションを捨ててしまって後悔した立場でした
鉄道模型でしたけど

かなり古い模型がまさに大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした
結婚2年目ぐらいから「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが
毎回全然行動してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい
留守中に業者を呼んで引き取ってもらえるものは引き取ってもらいました

帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きにしていい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました
残っていた模型も全部処分してくれたのですごく嬉しかったです

でもその後夫は蔵書をはじめ自分のもの全てを捨て始めてしまいました
会社で着るスーツとワイシャツや下着以外は服すらまともに持たなくなり
今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つに納まるだけになってしまって

 片づけをする時には効率的に捨てていくために「ときめき(=直観)」を要不要の判断基準にするというのが、『人生がときめく片づけの魔法』などの考えかたであり、それは「一定の範囲」では非常に正しいのだけど、重要な判断基準があって、それは「人のモノは対象外とする」という事。自身の「ときめき」で判断するのだから、他人のモノを見たら判断が狂うのは必然である。

 僕自身が片づけの事を書くときも、シングルライフを前提としていたり、自分の住んでいる部屋の大きさや使い方に特化しているので、共用品や他人のモノがある状態があまり想定されておらず、同じ考え方を敷衍してはいけないのだと思う事がある。

じぶん独りだけが快適になる世界

 片づけに限らず、じぶん独りが快適になる事を中心にした技法を極めて、それを内面化するほどに、社会適応が複雑化していくという側面がある。他人と一緒に行動するのは憂鬱だし、互いの家を行き来しているみたいな幸せな時期だって今から思えば負担になっていたのだと思う。

 今は実家暮らしだけど、もともと夕飯以外はそれぞれの部屋に別れて生活している感じなのでシェアハウスっぽいところがあるし、その前提がないと帰ってくる気にならなかった。

シンプル・ライフ・コンプレックス

 炊事・洗濯・掃除などの「生活といううすのろ」は僕が僕を許すための妥協に溢れているし、経験則だって随分と歪だ。一方が几帳面とか、壊滅的にだらしないみたいな振りきれ方をしていれば大概は上手くいく気がするけど、互いが中途半端にだらしない場合は「妥協していいポイント」が合わなくて揉めやすい。男の言う「家事ができる」が地雷とされがちなのはそういうところにあるのだろう。じぶん独りだけが快適になるための家事能力が高まるほどに結婚生活が大変になる。

 結局のところで僕は「自分の周りの変数が限りなく少ない」という観点でのシンプルライフしか営めないのかもしれないと思う事がある。自身のCPUにある命令セットアーキテクチャがシンプルライフのためにチューニングされてしまっているからこそ、変数が増えると余計にコンプレックス(=複雑)になって破綻するというコンプレックス(=劣位複合)がある。

 もちろん、その事を理解しているからこそコンプレックスライフのためのエミュレーションをする事は出来るのだけど、リアルタイムに近いところになるほど失敗しやすいし、維持する事に疲れてしまう。温泉と風呂は違うのだ。

他人と自分の区別がついていないから出来ること

 その一方で、家族の大切なモノを捨てる事案を起こせるのは「じぶん」の範囲を大きく敷衍できる人だ。複雑な処理ができるようになったのではなくて、自分と他人の境界線をなくして変数を強引に丸めることで、じぶん独りの世界の延長線上で処理できるようにしているのだろう。「わたしにとって不要」と「あなたにとって不要」が結びつくのはそれで説明が付く。

 僕だって親しくなるほどに、だらしなくなってしまうところがあるし、結婚したら余計にそうなるのかもしれない。それはそれで詐欺だけど、「自分と他人」の境界線を明確に区別したままでは何もできなくなってしまう。明確な意志を確認したらダメな事もあるし、子供が相手ならネグレクトなのだから、こういう事は程度問題のすり合わせのなのだろう。「ファジィ」は僕のアーキテクチャが不得意とする部分だけどね。

非モテは「資格の問題」を過剰に気にして何もできなくなる

 他人と個人的な空間でも関わり続ける事によって起こる諸々が不得意だから今後も避けるようにするのか、苦手だけど出来るようにすべきなのかについて踏め込めないまま朝を迎え続けるうちにいい歳になって余計に難しくなってしまった。

 だけど、結婚生活や家族での生活を営んでいる人も命令セットが複雑化できているとは必ずしも言えないのかもしれないし、環境が人を変える事もあるのだろう。非モテは「資格の問題」を過剰に気にして何もできなくなると岡田斗司夫が書いていて、確かに……。「他人を巻き込んで失敗するかもしれない事は最初からしない」というのは最も不誠実な態度だったのかもしれない。

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