太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

雨のたびに憂鬱になったら1年のうちの33%が憂鬱になるから天気を変えろ?

photo by LoKan Sardari

2014年の東京の降水日数は105日

 ここのところで毎日のように雨が降っていて、洗濯が捗らなかったり、部屋干しした洗濯物から嫌な臭いがしたりと憂鬱になっていた。気象庁の『2014 年(平成 26 年)の日本の天候(速報) 』によるとと2014年の東京における1mm以上の降水日数は105日であった。全国平均では120日程度らしいので、3日に1度近くは雨になっているし、逆に言えば1日降ったら2日止むという塩梅になるはずだ。

 それだけ特定の季節に降水日が集中しているという話であるし、他の季節もそれなりには降っているのだろう。ともかく雨のたびに憂鬱になっていたら1年のうちの3分の1が憂鬱になってしまうと、勝間和代が『オフィシャルメールマガジン 勝間和代オフィシャルサイト』の中で「雨の日を楽しく過ごす方法」として屋根付きバイク、帽子型のカサ、雨合羽などを勧めていた。

「空」から「雨」を受容して楽しむための「傘」をさす

 そういえば「空・雨・傘」はコンサルティングの基礎的な思考フレームワークである。勝間和代も使っていた。「空」を見上げた時に広がっている雲が「事実」であり、ゆえに「雨」が降りそうだと「分析・解釈」し、よって「傘」を持っていくのが「解決策」となる。

 普段から「空・雨・傘」を切り分けることで「空」から「傘」を短絡しないようにしたり、「空」から「雨」への想起について、他人の解釈を鵜呑みにしすぎないのが大切である。ここでいう空は「2014年の東京における1mm以上の降水日数は105日である」という事実であり、故に「雨の日のたびに憂鬱なのは勿体無い」と解釈して、「雨の日も楽しむ」という解決策が提示される。

雨のたびに憂鬱になったら勿体無いから天気を変えろ?

 もちろん、他の道筋もあるし、1mm以上を降水と見なすのは正しいのかという視点もある。そもそもメランコリーが悪いかという話であって、なんでもかんでもポジティブに捉えているのも自己疎外であり、結果として解決策を考えることから逃げている場合も多い。イヤだけどしょうがないって言うだけなら、誰でもできる。

 あるとき、米国人のボスがお客さまとのゴルフ接待を予定していました。ですが、予定日の天気予報を見ると、悲しいくらい傘マークのオンパレード。ボスにその旨を告げると、ひと言。

 「じゃあ、君が天気を変えるしかないね」

 これはジョークではありませんでした。その証拠にボスの目は笑っていません。そのひと言で、目が覚めました。私の言い方が間違っていたのです。

 天気が悪いなら、それを私がどうにかしなくてはなりません。とはいえ、天気はどうにもなりませんから、どうにかしてボスを満足させる代案を持ってくることです。単に「できない」のではなく、代わりに「限りなく満足に近いアイデア」を提案すべきだったのです。

 ここでは、当日にいける別のゴルフ場であったり、スカッシュを提案することで難を逃れている。そもそものKGIは「接待」なのであって、ゴルフをすることではない。天気を変えるのは無理だとしても、だから何をするのかと考えたり、試すこと自体が雨の憂鬱を打ち消す娯楽になりえるのかもしれないと思う。

 『仕事は楽しいかね?』に「試すことに失敗はない」という言葉があって、曖昧な自嘲をしながら苦痛を受け入れていくのは、結果として同じような結末になったのだとしてもあまり楽しくなくて、余計に憂鬱になる。もちろん娯楽のために働いているわけじゃないし、巻き込まれた関係者にとってもどうなのかって視点が大切なのだけど。

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