太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

投資情報を収集する時間に働いた方がマシだから気絶投資法を実践する

ニワカ参戦がたまたま上手くいっていた現実を知らされる

 ここ最近で久々に株の売買を再開してみたら驚くほどダメな結果になった。日経平均は日々躍進しているのに、自分で買った株はこのありさま。運の問題も大きいし、指標を読み違えてるとか、買いたい気持ちが強かったなどの敗因は色々とあるのだけど、「昔取った杵柄」は信頼しない方がよいと改めて。

 一応はリーマンショック直後やアベノミクスなどのタイミングでそこそこ増やした実績があるのだけど、景気や市場全体の流れに大きな追い風があっただけで、ファンダメンタルズや個別の流れについてはニワカレベルでしか分かっていないのが実態だったのだろう。特に今回はきな臭い案件に釣られてしまった感もある。

手間をかけるなら働いた方がマシ

 もっと情報やら手法やらを集めてコミットメントしていれば、逆転できる可能性があるのかもしれないが、そうやって張り付いている時間と手間を使って文章やプログラムを書いたほうが確実にプラスになるという現実がある。リスクのある投資をするなら無リスク金利よりも期待値が高くないと意味がないし、手間暇をかけるなら確実に回収できる選択をした方が幾分かマシであろう。

 なんか悔しいので高い勉強代として「気絶投資法」を実践することにする。このまま気絶しておけば、また浮ついた気持ちで株式投資を再開したいと思った時には、口座に残っているマイナスの数字を見て気持ちを引き締める事ができるし、長期的にプラスに転じていれば御の字である。いちいち材料を調べたり、株価の上下を気にするコストが勿体ないので日常生活としては「なかったこと」にしつつ、傷跡を口座に残し続ける事で、どちらに転んでも意味が残るのではないかと思う(震え声)

 気絶投資法を追求したのが、ほったらかし投資法だ。

論理的なセーフティネットと切断処理

 一定のところまでを試して、プラスになる可能性が低くなったら「それ以上はいけない」と論理的なセーフティネットを張るようにすることが多い。「弱っている時の自分」は信頼出来ないから致命的な失敗を出来ないように鍵をかけてしまうのだ。

 もちろん、パスワードは別に記録してあるし、最悪は再設定すればよいのだけど、その障壁を超えてまでツイ禁を破ろうとは思わないし、酩酊や躁転して判断力が鈍っている時にも論理的な障壁として立ちはだかる。他にもクレジットカードの限度額を低めに設定しなおしたり、アプリを削除したり、車に乗らないようにしたり、危険物を目に付く場所から隠しておくといった対策をしている。UNIXでいう「パーミッション」の感覚である。「馬鹿になる瞬間」に備えて自分の権限を剥奪するのだ。

 論理的なセーフティネットを張る時に重要なのが、普段の生活からの「切断処理」である。ずっと意識していたら大きな認知資源を投じてしまうわけで、次にやろうと思った時に再活性化するのが望ましい。そう考えると無理に株のポジションを解消する必要もないのだと思う。現物買いだからいくら下がっても追求される事はないしね。そんなわけで、気まぐれにはじまった株式投資は「気絶投資法」に移行する。またいつか!

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